テレワークをなかったことにできない。働き方の変化を恐れず、本質を捉えた推進を―立教大学経営学部 中原淳教授

2021.03.19

テレワークをなかったことにできない。働き方の変化を恐れず、本質を捉えた推進を―立教大学経営学部 中原淳教授

いま人々の働き方は大きな変革期を迎えています。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために多くの企業がテレワークを導入し、会議はオンラインに移行され、毎日自宅で業務をこなす人も珍しくありません。コロナ禍がもたらした“職場の変化”は今後、私たちの働き方、そして企業経営にどのような影響をもたらすのか。人材開発・組織開発に詳しい立教大学経営学部の中原淳教授に、リクルートスタッフィング スマートワーク推進室 室長の平田朗子がお伺いしました。

コロナ禍は働き方をアップデートするチャンス

平田 新型コロナウイルスによって、われわれの仕事や生活は大きく変化しました。とくに影響が大きいのが、働き方の変化だと思います。企業のテレワーク導入率が一気に高まった現状について、中原教授はどのように捉えていらっしゃいますか。

中原 人材開発・組織開発の観点からは、“働き方をアップデートする良い機会”だと感じています。特に日本においては、古い慣習をリセットするチャンスと言えるでしょう。これまでは、オフィスですべての社員が一緒に働くのが当然だと思われていましたが、多くの企業が“テレワークでも仕事ができる”という事実を実感したはずです。働き手にとっては、働き方の選択肢が広がりましたよね。


立教大学経営学部教授 中原淳氏

平田 そうですね。働き方の選択肢が広がったことで、求職者の仕事探しにおける意識にも変化が生じていると感じます。当社においても、テレワーク未対応のケースに比べて、テレワーク可能な求人に対する派遣スタッフの応募数は、約2倍を記録しています。さらに、週5日ではなく週1日のテレワークでも同様の結果が出ており、頻度に関わらずテレワークできることが、派遣スタッフにおける仕事探しの条件として重要なことがわかっています。そういった背景もあり、当社では、テレワーク可能な求人がコロナ直後と比較して26倍にまで増えているんです。派遣スタッフのテレワークは一般的になりつつありますが、最近では大阪在住の方が名古屋の企業で就業するなど、遠隔地における事例も出てきています。

中原教授 働き手からすると、通勤ストレスから解放され、通勤にかかっていた時間を家事や育児などに割けるというメリットは非常に大きいと言えます。優秀な人材ほど多様な働き方を望む傾向があるので、このような働き方に対して“希望”を感じているはずです。その一方、企業の中には、コロナ禍で今までのやり方が通用しない状況に“絶望”を感じているところも多いでしょう。つまり現在は、変化への柔軟な対応に踏み切れない経営者と多様な働き方を望む働き手との戦いの真っ最中なのです。

テレワーク不安の本質は“働き方を変える恐怖”

平田 “戦い”ですか…経営者がなかなかテレワークに前向きになれないのはなぜでしょうか。

中原 例えば、テレワークを実施するためのインフラへの投資に難色を示す経営者は多いです。しかし、実際には経営を圧迫するほど莫大な費用がかかるとは思えないし、そもそもテレワークにより本当に必要な業務の見直しが可能になり、無駄なコストを抑えることで生産性向上も期待ができるはずなので、IT環境を整えることがマイナスになるとは考えにくいと言えます。それにもかかわらず、経営者がテレワークの導入に踏み切れない本当の理由は、いままで自分が経験してきた働き方を変えなければならないことに対する“恐怖”にあるのではないでしょうか。具体的には、職場の空気を読むとか、先輩の背中を見て覚えろとか、対面を前提にした働き方を変えることに潜在的な不安を抱いている経営者が多いという印象があります。


株式会社リクルートスタッフィングスマートワーク推進室室長 平田朗子

平田 確かに当社が7月に行った調査でも、「時間を持て余してしまうのではないか」「相手の気持ちや思っていることがわかりにくくなるのではないか」などの不安が多くあげられていました。企業側にはテレワークだとコミュニケーションが取りにくくなるという懸念があるんですよね。

中原教授 私もそういった声を耳にしますが、そもそもテレワークを始める前から社内で適切なコミュニケーションがとれていたのか疑問です。私はさまざまな企業のES(従業員満足)調査にかかわる機会が多いのですが、ESの結果を見ると「上司に気にかけてもらえない」「フィードバックがない」「正当に評価されていない」という項目のポイントがもともと高い傾向があります。

平田 つまり、今までは対面でありながら、働き手はコミュニケーション上の不満を抱えていたということですね。

中原教授 そうです。テレワークが普及する前からその傾向があったので、コミュニケーション不足はいまに始まったことではないのです。多くの日本企業に言えるのですが、仕事をアサインする段階でコミュニケーションがとれておらず、渡す側も受け取る側も目標が見えていません。つまり、一人ひとりが「なぜこの仕事をするのか」「どうやって成果を出すのか」がわかっていないので、目標達成につながる成果が出せない状況にあります。目標も成果も曖昧になっていては、上司は部下の成果を適切に評価できない。これは対面でも変わっていないんです。

平田 対面もテレワークも関係なく、業務におけるコミュニケーションはできていなかった。その証拠に働き手の「評価されていない」という不満は以前からあった、ということなんですね。

テレワーク時代に必須のコミュニケーションスキルとは

平田 当社では、テレワークを行うことで身につくスキル『テレワーク力(※)』に注目しています。働き手はこの身につくスキルを自覚化してテレワークを行い、企業は働き手の能力開発として理解し、テレワークを推進していくことで、企業の目的達成に寄与できるのではないかと思っているからです。中原先生は、テレワークによって得られるスキルについてはどう思われますか。

中原教授 最低限のITスキルはもちろんですが、先ほども触れたコミュニケーションスキルは身につけざるをえないと思います。ここで言うコミュニケーションスキルとは“言葉にする力”です。同じ空間で働いていたころは「話さなくても空気を察しろ」という方法をとっていましたが、テレワークで使うオンライン会議やメール、チャットなどのコミュニケーションツール上では空気を読めません。テレワークで仕事を円滑に進めるなら、自分が置かれている状況を常に言葉にする力が必ず求められます。

平田 テレワークが普及しつつあるいま、そのスキルを磨くチャンスと捉えるべきでしょうか。

中原教授 そう思います。諸外国に比べて日本人はセルフアピールが苦手と言われているので、早めに身につけるに越したことはないですよね。しかも、これから社会に出ていく若い世代は、テレワークに対する心理的ハードルがどんどんなくなっていきます。最近は大学でもオンラインで講義を行っているので、若者のリモートに対する抵抗はなくなっていくはずです。2020年卒の新入社員の大半も、入社時からテレワークを経験しているので、ビフォーコロナの働き方を知らないのではないかと思います。今後は対面とかオンラインとか、そういう区切りさえもなくなると思います。もう私たちは、テレワークをなかったことにはできないのです。

平田 テレワークを当たり前に経験した新入社員が企業に入社してくる。確かに、今後、企業が成長するためにもテレワークは不可欠な要素になってきますね。

中原教授 おそらく、テレワークに前向きになれない企業は、目的を達成するために必要な人材を獲得することができなくなる時代が訪れるのではないでしょうか。短期的には、これまでの働き方を一気に変えることで痛みを伴いますが、早く移行するほど従業員のコミュニケーションスキルが向上します。また、将来的には自社に必要な人材を得られやすくなります。時代は確実に変化していくので、早期に取り組むことは大きな価値になります。

平田 なるほど。人材確保は当然のことながら、従業員のスキル向上の観点からも、経営者は一刻も早く、潜在的な不安を乗り越え、働き方の変化に踏みきるべき時なんですね。

※『テレワーク力』
リクルートスタッフィングでは、テレワークで就業する派遣スタッフの上司(指揮命令者)と、テレワークで就業する派遣スタッフそれぞれ412名を対象に、 テレワークを行うことで身につくスキル、『テレワーク力』の実態調査を実施いたしました。詳しくはこちらの資料もご覧ください。
テレワークを行うことで身につくスキル『テレワーク力』の実態調査

[プロフィール]
中原淳氏
立教大学経営学部教授、立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長。博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論。東京大学教育学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授を経て2018年より立教大学教授に就任。『駆け出しマネジャーの成長論』(中央公論新社)など、著書多数。

平田朗子
株式会社リクルートスタッフィングスマートワーク推進室室長。1985年に株式会社リクルート入社、2004年に株式会社リクルートスタッフィングに転籍。その後、全国の派遣スタッフ数の多いクライアントに、人材派遣や人材採用に関する総合的な提案を行う「総合戦略推進部」の部長や、無期雇用派遣や障害者雇用など多様な働き方を推進する「エンゲージメント推進部」の部長などを歴任。2019年より現職。

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