「恵まれた境遇の人にはちょっとわからないかもしれませんが、日本にいたときはサバイバルのようでした。生きるか死ぬかを賭けて仕事をしてきたという思いがあります」少し緊張したような表情でそう語るのは、柳沢さん。20歳で社会に出てから20年余、納得できるキャリアを求めて突き進んできた。いま、「移民」を前提にバンクーバーのカレッジでマーケティングを学ぶ柳沢さんに、カナダ行きを決意した理由や見据えている将来像を聞いた。

*今回はオンラインで取材を行いました
*掲載しているお写真は、ご本人より提供いただきました

つたなくても、間違えても、臆せず

柳沢さんがカナダへ渡ったのは、2020年10月。語学学校で英語やカレッジでの勉強に必要なスキルを学んだ後、21年5月、晴れてカレッジの「ポストグラデュエート・ディプロマ※1」コースに入学した。当初授業はすべてオンラインだったが、2学期が始まる9月から対面授業が再開。予習に課題にと勉強漬けの毎日だという。

「川の見える教室で授業は週4日。初めての登校日に世界中の言葉で『おかえりなさい』と書かれたボードに迎えられ、多民族国家カナダにいることを実感しました」

さまざまな国から集まっているクラスメイトのなかで、「英語力はいちばん下かもしれません」と苦笑。それでも「1学期は思いがけずよい成績をいただけました」と声を弾ませる。

高評価の理由を、自分なりに分析してみたという。

「できなくても委縮せず、授業には最初から前のめりの姿勢で臨みました。つたなくても間違えても堂々と発言し、臆せず質問した。課題も自分が気づけるミスは全部つぶしてから提出した。そういう日々の姿勢を認めていただいたのだと思います」

※1 英国、カナダなどの国の大学院に設けられた、修士課程から修士論文のみを省いたコース。実務に直結する知識やスキルを伸ばすことを目的とし、大学院レベルの修業証明として広く認知されている。

明日の食べものに困るような日々も

まっすぐな視線と明瞭な口調から、芯の強さがうかがえる柳沢さん。期間限定の留学や滞在ではなく、「移民」までも見据えたカナダ行きを決意した背景には何があるのだろうか。

「社会人になった20歳のときに、このままではまずいぞとすごく焦りを感じたんです。いま思えば、それがはじまりかな」

「教育にあまり熱心でない家庭で育った」という柳沢さんは、社会に出て初めて、人物評価やキャリア形成において、学歴やバックグラウンドなどの「持ちもの」が想像以上に大きなウエイトを占める現実に直面。愕然としたという。

「生きていくための仕事をするのが精いっぱい。学歴や経済的な後ろ盾のない私は、スタートラインにも立てない気がしました。納得できる職を求めては挫折の繰り返しで、結果的に何度も転職せざるを得ず、それがまたコンプレックスになりました」

自分で課題を見つけ、スキルを磨き経験を積んでも、それを履歴書になかなか反映できないもどかしさ。悔しさ。職が得られず、食べるものに困るような苦しい時期もあったという。

「お米が高くて買えず、おかゆみたいに薄めて食べるという戦時中みたいな生活をしていたこともあります。たんぱく質や脂不足で体調まで崩しかけました」

40歳を目前に決意。「日本を離れよう」

「HSP※2的な気質があるのか、深く探究する分、時間がかかるのです」と自己分析する柳沢さん。そうした特性を自覚しているから、仕事でも勉強でも、他の人よりも時間をかけて集中して取り組んできた。ところが、そうした姿勢が職場でうとまれてしまうことも少なくなかったという。

「そこまでする必要はないよと言われたり、指示されたことだけやっていればいいのにという目で見られたりしていました」

30代半ばになり、「このままでは挽回するチャンスがないかもしれない」と不安に押しつぶされそうになっていた柳沢さん。大きな転機となったのは、家族の赴任に同行し、ドイツで2年間過ごしたことだった。

「ドイツで出会ったのは、専門分野をもってプロフェッショナルで働いている人たち。年齢も関係なく、重視されるのは経験や能力のみ。そのシンプルさが心地よくて、日本にいるよりも自分がいきいきとしていることに気づいたんです」

帰国後、ふつふつと温めていた「海外に行きたい」という願望は、40歳を前に沸点に。暮らしやすさやビザの取りやすさ、キャリア形成などの条件を総合的に判断した結果、柳沢さんが出した答えが、「カナダで学ぶ」という選択だったのだ。

※2 米国の心理学者、エレイン・N・アーロン博士が提唱した心理学的概念で、神経が細やかで感受性が強い性質を生まれ持った人を指す。

昨日よりも今日、半歩でも前進する気持ちで

たとえば、テストの点数だけでなく、授業への貢献度や課題に向き合う姿勢などが重く評価されること。学歴やバックグラウンドなどの「持ちもの」ではなく素の自分で勝負できること。年齢に関係なくいつでもやり直しがきくこと。カナダで当たり前のように用意されていたのは、まさに柳沢さんが求めていた環境だった。

また授業では、常に適切な言葉で表現することが要求されるため、日本でぼんやりとしていた自身の考えの輪郭がくっきりと明確になったように感じるそうだ。

「『私は間違っていなかった』と確信することも多く、自信につながりました。カナダに来て呼吸が楽になりましたし、日本にいた頃より表情が柔らかいともよく言われます」

いま改めて、キャリアについて真剣に考え始めたという柳沢さん。自らの体験をベースに、悩んだり足踏みしたりしている人に解決策を提示する活動もしたいと、夢を語る。

「行動できたのは、特別な能力があったからではありません。ただ私は人より持っていないものが多かった。ここであきらめてしまったら、せっかく持っているものまで失くしてしまうという切羽詰まった思いがあったんです。だから、持っているものをいかに伸ばして次の可能性につなげるかをいつも考えながら、昨日よりも今日、半歩でもいいから前進するという意識でやってきました」

社会の現実に違和感を覚えた20歳の頃から、ずっと柳沢さんの背中を押してきたのは、ある種のハングリー精神だったのかもしれない。のびのびと自分らしくいられる場所を得た柳沢さんは、これからどんな世界を切り拓いていくのだろうか。

勉強漬けの毎日を支える道具たち

愛用品といえば、勉強道具。成功するセールスマンのマインドセットやスキルなどが凝縮されているこのテキストを通し、自分を肯定すること、自己受容の大切さも学んだ。「授業の課題にセールスのロールプレイングがあって、自分でシナリオを描き、動画にして提出しなければならず、本当に大変でした。学びが多かったので、この教科書は自分にとっての宝物でもあります」課題の提出日や進捗状況を書き込んだカレンダーや手帳も、大事な相棒だ。

ラピスラズリのブレスレットは、カナダに渡る直前、人間関係で悩んだ時期にお守り代わりに購入。今も肌身離さず着けている。「当時は、カナダに行こう行こうと思いながら、いろいろなしがらみで押しつぶされそうになっていました。これをつけてから、運気が上昇したような気がします」

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)

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