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“本気になれる”ものだから。自分にしかできない、音楽の仕事をつくって生きていく

音楽が好きだから、仕事にはせず趣味として楽しんでいきたい。そう考える人がいる一方で、音楽を仕事にしていこうと奮闘している人もいる。「趣味にすると、自分ができることを制限してしまいそうな気がした」と話してくれた菅野夏子さん(28)は今、音楽を軸として自分自身の生業を立てようとしている真っ最中だ。彼女はこれから、“音楽のプロ”としてどんな一歩を踏み出そうとしているのだろうか。

自身の音楽活動と両立して、派遣スタッフとして働く毎日

芝浦ふ頭にある、丸全昭和運輸株式会社。菅野さんはここで、派遣スタッフとして事務の仕事をしている。1日7時間で、週4日。働きはじめてそろそろ1年になる。

以前は週5日フルタイムで、しかも残業が多めの企業に勤めていたこともあったそうだ。でも、それではもうひとつの活動を思い切りできない、というジレンマがあった。

「もうひとつの活動」――現在の彼女にとって、それはとても大切なものである。

菅野さんは派遣スタッフとして働きながら、土日を中心に音楽活動を行なっているのだ。いずれ、プロとして独り立ちすることを目指して。

「ドラムの鳴り方が変わった!」人生を変えた師匠との出会い

菅野さんと音楽との出会いは、幼少期までさかのぼる。芸能・舞台関係のマネジメントをしていた父と、和太鼓奏者・民族舞踊家だった母。そんな家庭で、子守唄がわりに太鼓の音を聴いて育った。

「でもとても小さな島だったので、中学・高校も規模が小さく、吹奏楽部もなくて。10代の頃は、音楽に取り組む機会がほとんどありませんでした」

だからこそ、高校生のときに公開された映画『スウィングガールズ』に触発されたのかもしれない。「大学に入ったら、ビッグバンドでドラムをやりたい!」と。

その希望を叶え、さらに転機がおとずれたのは大学3年生の夏。所属するビッグバンド内のオーディションに落ちてしまった彼女は、ドラムを募集していた他大学のサークルで活動することになった。そこで、はじめて“師匠”となる人に出会ったという。

「その大学のOBの方だったのですが、すごく過保護に指導してくれて(笑) 教えてもらったことを実践していくと、もう楽器の鳴り方から演奏する感覚まで、すべてが変わっていくのを実感できたんです。ドラムが変わると、バンド全体の印象も変わっていくんですよ」

その体験で、「音楽に目覚めてしまった」という菅野さん。いつしか、打楽器を自分の仕事にしたいと思うようになった。

プロとアマチュアの差は、きっと「覚悟があるかないか」

音楽を仕事にする両親の姿を見てきたため、そこまで大きな不安はなかったそうだ。でもいきなり、プロのミュージシャンになれるわけではない。菅野さんは、とりあえず、飲食店でアルバイトをしながら演奏活動をはじめることにした。

「最初は正直、そこまで積極的に活動できていなくて。でもあるとき、バイト先でどんなに怒られても何も感じないことに気がついたんです。ああ私、この仕事に本気になれてないんだな……と思いました」

音楽の仕事で同じことを言われたら、絶対悔しいはず。やっぱり、本気で向き合える仕事をしたい。改めて、そう考えるようになったという。

自分より楽器のうまいアマチュア・ミュージシャンの演奏に、悩まされたこともあった。こんな自分が、「プロ」と名乗っていいのか……と。

「3年くらい悩みましたね。でも結局、“プロとして食べていく”という覚悟があるかないかの違いだと思うようになったんです。報酬をいただく分、きちんと自分ができること、生み出せるものを返していけばいい。そう考えるようになりました」

楽しいからだけじゃない。責任ある“自分の仕事”をつくる

現在はいくつかの団体に所属しており、土日を中心に、商店街で開催されるイベントなどに出演することが多い。また「打楽器ができる」ことが人づてに伝わり、小学校から打楽器のワークショップの依頼なども来るようになった。

少しずつだが、着実に活躍の場は広がっている。30歳までには、音楽一本で食べていけるようになりたい――それが、今の菅野さんの目標だ。

「自分の快楽のために音楽をやっている感覚はないんです。あくまでも仕事ですから。“自分会社”を経営しているようなものなので、『あなただから依頼したい』という指名のオファーが、いまは一番うれしいですね。自分が生み出したことに価値を感じてもらえるよう、少しずつ仕事をつくっていきたいと思います」

音楽はあまり聴かない? プロならではの感覚

日頃から、さぞたくさん音楽を聴いているのでは……と思いきや、意外にも「聴くより演奏する方が好き」。iPhoneに入れているのは、主に次に演奏する曲のデモ音源だそう。

「流して聴くことができないんですよね。ドラムの音はもちろん、演奏自体がものすごく気になっちゃって(笑) カフェのBGMでジャズがかかっていたりするのも、やめてくれ〜って思うくらいです」

最近チャレンジしているのは、小学校のワークショップで使っている民族楽器。

小脇に抱えて演奏するドラムは、「トーキングドラム」と呼ばれる西アフリカの太鼓。不思議な音色の「チャスチャス」は、アルパカの爪や木の実を束ねたペルーの楽器だ。

「音楽を通してコミュニケーションを取れるのが楽しいんですよね。今後は、打楽器のワークショップなども積極的に開いていきたいと思っています」

ライター:大島 悠(おおしま ゆう)
カメラマン:坂脇 卓也(さかわき たくや)