マーケター、クリエイター、コンサルタントと3つの顔をもつ山崎浩司さん(43)。2年前独立し、自前の広告宣伝部署を持たないような中小企業や個人事業主を対象に、チラシ作成からSNS・Webサイトの運営、イベント企画まで、あらゆる販促活動をサポートする『しかけづくり』を立ち上げた。山崎さんの武器は、さまざまな職業体験で培ってきた豊富な知識とスキル。ここに至る軌跡と今のビジネスへの想いを聞いた。
ミュージシャンを夢見た20代、アルバイトで習得したITスキル
20代のはじめ、ミュージシャンを志していた山崎さん。かつて植木等も在籍していたといわれる大学の軽音楽部でキーボードを弾き、卒業する頃には渋谷のライブハウスやストリートでも演奏していたという。
就職したものの、音楽の夢を捨てきれず8カ月で退社。バンド活動をしながらアルバイトで生計を立てていた。
「楽器を安く買うために楽器店で接客販売し、ライブのチラシが作りたくてタウン誌の編集部でPhotoshopやIllustratorを覚えました。バンドのサイトを開くため、ホームページ制作会社にいた時期もあります」
おりしも、インターネットの急速な普及期。「音楽活動の足しになる」と選んだアルバイトだったが、最新のソフトや技術に触れる機会に恵まれたことが幸運だったと振り返る。
「頼まれて専門学校の講師までしていました。実際は人に教えるほどのレベルではなかったのですが、怖いもの知らずで、『できます』と答えておいて、後から必死に勉強していました」
「僕らのバンド、マーケティング不足でしたね(笑)」
肝心の音楽のほうは、デモテープをレコード会社に送るなどの努力のかいもなく、一向に芽が出ないまま。20代後半を迎え限界を悟った山崎さんは、夢を断念する。
「きちんと働こう」とパソコン関連メーカーに正社員として就職。新商品のデモンストレーションやプレゼンテーション、販促イベントの企画運営などを任され、それまでのクリエイティブに加え、マーケティング全般にわたるスキルと知識を身につけた。音楽配信サービスがスタートした当初、新規店舗で集客のためのインストアライブを仕掛けたことも。
「このときプロのミュージシャンに接し、僕らのバンドが売れなかった理由がわかりました。音楽ばかりに集中していて、どう見せるかなんて全然意識していなかった。今思えば、マーケティングが足りていなかったんです(笑)」
「自分は黒子」との気づきで視野が広がる
自らのキャリアにおいて「最大の転機」と山崎さんが位置づけるのは、パソコン関連メーカーの後、公的な中小企業支援機関で働いたことだ。いわゆる“コンピュータの世界の人間”だった山崎さんが、経営者や起業家へのコンサルティングを主とする新しい職場で求められたのは、ビジネスを大局的に俯瞰する力だった。
どんなに優れたソフトやシステムも、それを必要としない企業もある。予算が限られているケースもある。はじめはそれがなかなか理解できず、経営者に対し「大丈夫、僕が面倒見ますから」と強引に押し付けようとし、相手を怒らせてしまったこともあった。
「今、同じような人間が僕のところへ来たら、やっぱり追い返すでしょうね(笑)。主役はあくまでも企業や経営者。黒子として相手に寄り添うという立ち位置を、ここで叩き込まれました」
積み重ねた体験はひとつも無駄ではなかった
組織を離れ、独立して2年。何に軸足を置くべきか、どこで差別化すべきか、事業のスタンスを探りあぐねていた時期もあったが、最近ようやく着地点を見つけた。契約した時間のなかで、相手の悩みをきめ細かく聞き出し、自分の持てる力を駆使して、課題解決を全力でサポートする。「自らを時間貸しする」というスタイルだ。
「“山崎”という人間をお好きなように使い倒してくださいってこと。相手に喜んでもらうには……と考え続けているうちに、自分自身の個性とか差別化とかどうでもよくなりましたね」
じつは山崎さんは今、『しかけづくり』と並行して、渋谷の動画配信サービス会社で派遣スタッフとしても働いている。
「自分一人で考えているばかりでは煮詰まってしまうけれど、就業先で同僚とコミュニケーションをとりながらの仕事があることでバランスがとれています。それに、『渋谷のIT企業で働いている』という現役感は、埼玉を拠点とする、こっちのビジネスでも貴重なんですよ」
「積み重ねてきた体験はどれひとつも無駄ではなかった」と山崎さん。
「決して順風満帆というわけではないのですが、ぼちぼちお客さんもついてきて、ようやく先に灯りが見えてきました」すがすがしい笑顔が希望で輝いた。
「100均グッズや文房具に目がありません」
仕事柄、販促グッズを試作することも多く、事務所にはさまざまな文具や事務器が揃っている。モットーは「できるだけローコストでいい感じ」。100均ショップや文房具店に足を運び、自分なりの使いみちをあれこれ考えるのが楽しいという。シンプルな名刺も、音符マークのエンボスを施したり、専用のカッターで角を丸くして、インパクト大に。
気がついたアイディアは即座にメモ。愛用しているのは、方眼ノートとぺんてるの「プラマン」。「プラスチックなのに万年筆のようななめらかな書き心地なんです。筆圧やペンの角度によって線の幅がいろいろ変わるので、文字に味が出てくるんですよ」
目を酷使することが多いから、目薬も必携。以前はとくにこだわりがなく廉価なものを使っていたが、たまたま近所のドラッグストアの改装セールで安くなっていた「Vロートプレミアム」を試したところ、とろりとした使い心地が快適ですっかりやみつきに。以来、目薬と言えばコレ。
カメラマン:坂脇 卓也(さかわき たくや)