自分のペースでムリなく働くこと。いまの世の中では、それがどうしても難しいケースが多い。できる限り周りの環境に合わせて生きることが求められる中で、「なんで自分だけができないんだろう」と、人知れず悩み、“自分らしさ”を責めてしまう人たちもいる。駒込遙さん(35)も、かつてはその一人だった。現在、2歳の子どもを育てながらフリーランスのデザイナー・イラストレーターとして仕事をしているが、ここに至るまでには、長く一人で葛藤した日々があった。

幅広いタッチを描きわけるイラストレーターとして活動

「お客様の要望とイラストのタッチがガチッとあったときは、うれしくなって『よしっ!』って思いますね」

自身がデザインとイラストを担当しているフリーペーパーを広げながら、そう話してくれた駒込さん。きれいにデザインされたページには、内容に合わせたさまざまなタッチのイラストが描かれている。水彩風のやさしいものから、ちょっとコミカルなタッチのものまで、とても幅広い。

彼女は短大を卒業した後、ずっと制作会社でデザインの仕事をしてきた。その経験を生かし、2016年からフリーランスのデザイナー・イラストレーターとして自宅で仕事を受けている。

ただし、駒込さんが会社員ではなくフリーランスとして働くことを選んだのには、ある理由があった。

「何かがおかしい」。体調を崩し、仕事に支障をきたすように

駒込さんが体調に異変を感じるようになったのは、就職してしばらくたった2007年ごろから。朝、会社に時間通りに出勤できないことが少しずつ増えていった。間に合う時間に起床しているのに。せっかく仕事がおもしろくなってきたところだったのに……。

仕事が忙しすぎたのかな……? はじめはそう考えたという駒込さん。派遣スタッフとして働くことで生活時間を見直したり、いろいろと病院で検査をしてみたり、思いつく限りのことを試した。それでも、症状はなかなか改善しなかった。

「やっぱり何かおかしい」という思いが決定的になったのは、新しい仕事に挑戦したときだったという。

「はじめて、制作だけではなくお客様とのやりとりや進行管理を任されたことがあって。でもそのときに新しく増えた簡単な仕事が、全然できなかったんです」

何人もいる関係者のスケジュールを調整すること。いろいろな仕事を同時並行で進めること。それがとても難しかったそうだ。一人で完結できるデザインや、企画書作成などの仕事は問題なく進められた。だから「好きな仕事だけして、あとはだらしないヤツ」だと周りから思われているんじゃないかと、不安が募った。自分で自分を責めることも、増えていった。

不注意優勢型ADHDと診断され、「自分にできる仕事」を考えた

だんだんとうつの症状も出はじめたとき、「さすがにヤバい」と感じた彼女は、2013年に、はじめて精神神経科を訪れる。そこでようやく詳しい検査を受け、不注意優勢型のADHDと診断された。不注意優勢型のADHDとは、ADHDのなかでも、一定時間集中している状態を保つことが苦手だったり、注意力が弱い「不注意」や、自分の感情や欲求をコントロールできない「衝動性」などといった症状がみられるもの。

このまま会社で働き続けるのは難しい――そう考えた駒込さんは、できるだけ人に迷惑をかけないよう、自宅で仕事ができる方法を模索しはじめた。

彼女は悩んだ末、通信制の美術大学に編入して日本画を学ぶことを選択。手書きのイラストの仕事を、受けられるようなスキルを身につけるためだ。

「デザインの仕事をしていたので、イラストを発注することは多々ありました。でも出来上がってくる絵をみるたびに、悔しい気持ちがすごくあったんです。『自分もこんな風に描けるようになりたい!』って」

イラストの仕事を、フリーランスとして、自分のペースで続けること。新たな目標が生まれた。

いざ通いはじめた大学は刺激的だった。年代も、人生経験もさまざまな仲間たちに囲まれて、自分もがんばろう、と思えた。少しずつ、状況が変わっていった。

新しい家族の存在が、人生を前向きに変えてくれた

「子どもの頃から、どちらかといえば話すコミュニケーションが苦手だった」という駒込さん。相手に気持ちを伝えるために、昔から言葉ではなく絵を描いていたそうだ。紆余曲折は経たものの、彼女が「絵を描く」仕事にたどり着いたのは必然だったのかもしれない。

「誰かに見てほしいとか、自分を表現したいとか、そういう気持ちはあまりないんです。ただ、自分が作ったものがこうして印刷物になって手元に戻ってくると、すごくうれしい。ドキドキする感覚があるんですよね」

そして駒込さんの生活をさらに前向きに変えたのは、新しい家族の存在だった。

結婚・出産することをあまり考えていなかったという彼女だが、前職の同僚と2014年に結婚。翌年には第一子が誕生した。かつて一緒に働いていたこともあり、夫は駒込さんの状況をすべて理解したうえで、受け入れてくれているそうだ。

「長く生きることなんて、真面目に考えることはなかったんです。でも結婚し子どもが生まれて、とりあえずこの人が20歳になるまでは生きなくちゃ、って(笑) はじめて、自分のことを大切にしなきゃいけないと思うようになったんですよね」

来年からは息子さんが幼稚園に通うため、もう少し仕事を増やし、育児のため休学していた美術大学にも復学したいと話してくれた駒込さん。

周りのペースに合わせて走ることだけが、正解とは限らない。彼女が自分でそっとたぐり寄せたように、その人にはその人が心地よく生きられる速度や場所が、必ずあるはずだ。

子どもと自分のリラックスタイムには、「いい香り」が欠かせない

現在、夫が単身赴任中のため、一人で子育てをしている駒込さん。普段は子どもが寝ている時間を見計らって仕事をしているが、急ぎの修正が入ってしまうことも……。

「そんなときは、義母からプレゼントとしてもらったアニメのDVDが欠かせません。子ども向けのものではないのですが、飛行機がたくさん出てくるんです。乗り物が好きなんですよね」

またお風呂タイムには、入浴剤やアロマオイルが欠かせない。駒込さんがアロマの小瓶を取り出すや否や「いいにおい!」と指差す息子さん。オレンジ系の香りは特に、「ジュースのにおい」と喜ぶのだそう。駒込さん本人もお気に入り。

もう一つのリラックスグッズは、好きな本。この日、バッグに入れていたのはインテリアの本で、移動中に眺めたりするのだとか。

イラストの作画に使っているペンは、主に3種類。オーソドックスなサインペンに、筆ペン、製図用のペン。いろいろ試した結果、この3本に落ち着いたという。自由に使える白いコピー用紙を使って、イラストを描いている。

ライター:大島 悠(おおしま ゆう)
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)
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