
人生、何が起きるかわからない。ただ、突然の出来事に直面してどんなに衝撃を受けても、「日常」は淡々と続いていく。20年以上にわたり、派遣スタッフとして人事や総務の仕事をしている久保木文子さん(51)は、4年前のある日、乳がんと診断された。それでも仕事を続け、病気と“共生”していくことを選んだ彼女に、これまでの道のりと、これからについて話をうかがった。
人事・事務の道30年。「社員に寄り添う」感覚を大切に
穏やかなたたずまいの中にも、凛とした雰囲気をまとう久保木さん。キャリアのスタートは、ホテルの人事だったそうだ。以来、この道30年近くのベテランである。
「学生時代は教育関係の仕事を志していたのですが、それは叶わず、人事の仕事をすることになりました。しかし会社の中にも、さまざまな社員研修があります。そこで新人教育などにたずさわったことが、とてもいい経験になりましたね」
どうしても裏方のイメージが強い人事や総務の仕事。しかし久保木さんは、この仕事に大切な意義を見出すようになった。
「通常の給与計算など事務的な業務だけではなく、冠婚葬祭や病気・事故にあったときなど、社員に寄り添える仕事でもあります。いざというときに使える制度を知らない人も多く、それをきちんと伝えることが自分の役割だと思っています」
健康診断は「A判定」も、乳がんであることが発覚
一度、家庭の事情で正社員として働いた職場を離れたあとは、派遣スタッフとして数々の職場で働いてきた。久保木さんは「こんなに就業先のリストが長い人、いないですよね」と笑う。長年、仕事で忙しい毎日を送っていたそうだ。
そんな彼女の日常に、異変が起きたのは2014年のことだった。
「なんとなく、胸に痛みを感じる」——。しかし、その違和感と漠然とした不安は、日々の忙しさにまぎれ、かき消されてしまった。それまで、健康診断の結果はほとんど「A判定」だったというのだから、その判断もうなずけてしまう。
人間ドックに引っかかり、検査を受けたのはかなり後になってのこと。すぐに乳がんであることが発覚した。
「うちの家族はがん家系で、父もがんで亡くなっているんです。だからある程度、覚悟はできていたつもりでした。それでもやはり、ショックでしたね……。何よりも、母には絶対、知らせたくないと思いました」
落ち込んでばかりもいられない。これからの生活は、仕事はどうするか。どう治療していくのか。
そして久保木さんはこのとき、一つの決意を固めた。
「病気と共生していく」ひそかに決めた覚悟
「抗がん剤治療はしない。病気と“共生”していこう」。
彼女は父親を看病していたときの経験から、一般的な治療を信頼することができなかったそうだ。納得できる治療をしてくれる医師や病院と出会うには、かなりのハードルもある。また、仕事の問題もあった。
「私は独身なので、自分で生活していかなければなりません。だから本当はダメなんですけど……病気のことは隠して、普通に仕事をしていました。幸い、つらい自覚症状はなく、元気でしたから」
そうして、これまで通りの日々を続けること3年。治療をせず、「生きられるだけ生きよう」と思っていた。しかしある時、同じ病気を持つ人と運命的な出会いをしたのをきっかけに、紹介を受けた病院で治療に踏み切ることになったという。
幸いなことに、病気はほとんど進行していなかった。しかし久保木さんには、一抹の不安があった。
「抗がん剤治療をはじめると、どうしても髪が抜けることになります。だからもう、病気のことを告げずに仕事を続けることはできません。母にもこのタイミングで病気のことを告げ、派遣元の担当の方にも正直に打ち明けることにしました」
これまでの経験を活かし、「ライフアドバイザー」を目指す
がんの治療をしながら、働き続けるにはいくつものハードルがある。体調の変動はもちろん、就業先の理解も必要だ。
「正直、次の仕事はそう簡単に決まらないと覚悟していました。でもそのときの担当の方が、『大丈夫です!』といってくれて、本当にすぐに仕事が決まって……。今でも心から感謝しています」
手術のときや、放射線治療が必要なときは休暇をとったものの、それ以外、彼女はフルタイムで仕事を続けている。今でもその姿勢は変わらない。
「仕事を辞めて寝込んでしまったら、逆にどんどん辛くなっていたと思うんです。仕事があることで、自分自身が支えられているんですよね」
人事として長年働いてきたこと、また自身が病気になったこと。それらさまざまな経験を活かして、これからは「ライフアドバイザー」として、同じような境遇にある人の力になっていきたいと、彼女はいう。アイデアを書きとめている手帳から、その気持ちが強く伝わってくる。
「多くの人との出会いに、本当に感謝しているんです。感謝と思いやりの気持ちを忘れず、これからの人生も穏やかに過ごしていきたいですね」
身につけるものはオーガニックで、心地いいものを選ぶ
気分によって毎年変えている手帳、今年は、ほぼ日の分冊版を使っている。絵柄がキレイなカバーは自作のもの。多色ペンを持ち歩き、アイデアなどを書き留めている。
持ち歩いている小さなタオルは、こだわりの今治タオル。もう一つのハンカチは、ヒーリングに使うのだそう。
「今治タオルは少し値が張りますが、最近は価格の安いものではなく、心地いいものを選ぶようにしています」
かつてはハイブランドの化粧品を使っていたこともあったが、今はオーガニックでシンプルなものがお気に入り。使い心地はもちろん、肌の調子もいいそうだ。
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)