
美しい立ち居振る舞いと柔和な笑みが人を惹きつける松木純子さん。取材中もさりげない気づかいが随所に見られ、インタビューの場には終始おだやかな空気が流れていた。これまでのキャリアのほとんどを“秘書”として過ごしてきたと聞いて、納得。現在、大学教授や海外の専門家が集まる医学系の研究機関で働く松木さんに、仕事に寄せる思いを聞いた。
相手が最高のパフォーマンスを発揮できるように
“秘書”という職種がこの世の中にあると気づいたときから、一生の仕事にしたいと考えてきた松木さん。改めて、「秘書の役目って何ですか?」と聞くと、「お仕えする方が仕事に専念できるように、日常をできるだけ滞りなくすること」という答えが返ってきた。
どんな場面でも、自分ではなく、相手が最高のパフォーマンスを発揮できるように心をくだく。
「私がお仕えしてきた方は、それはお忙しくて、たとえば昼食の時間もゆっくり取れないことが多いんです。それでも、体のことを考えれば、ちゃんと召し上がっていただきたい。お好みやそのときの状況、体調まできめ細かく気を配りながら、どう時間を工面して、何を用意して差し上げるかをいつも考えています」
「食事ひとつ」はささいなことに思えるかもしれないが、健康や気力を支える大事な要素。そのほかにも、秘書でなければできないことは無数にある。
「言葉にするのはむずかしいのですが、ときには経営の判断につながるような意見を求められることもあります。そんなときは、存在価値が認められているようで誇らしいですね。だからこそ、ブラッシュアップのための情報収集や勉強も怠りません」
3歳から来客のお茶出し担当だった!?
マニュアルにできない部分が多い秘書業務。現場でものを言ってきたのは、松木さん自身に備わった観察眼と洞察力だ。
聞けば松木さん、建設関連の会社を経営していた父の教育方針で、なんと3歳のころから来客へのお茶出しを任されていたのだとか。驚いていると、「お茶請けの漬物をぬか床から取り出すところからやっていましたよ」とさらっと言う。厳しい父に鍛えられ磨かれた接客やコミュニケーションのスキルが、いまにそのまま活かされているということらしい。
「父にはしょっちゅう叱られていましたが、お客様の喜ぶ顔を見るのがとてもうれしかったんです。このころから、誰かをサポートするという役割が身にしみついているのかもしれません。それが私のキャリアの原体験でしょうか」
秘書には、ときとして自分の気持ちを抑えて相手に合わせたり、自分が悪者になったりする度量も必要、と松木さん。
セミナー講師としての顔も
ところで、松木さんの履歴書には、秘書検定1級、日本ティーコンシェルジュ協会認定講師、ルームスタイリスト・プロ、整理収納アドバイザー、GCDF-Japanキャリアカウンセラー、ファイナンシャルプランナー…と、さまざまな資格名が並ぶ。
「秘書検定1級は学生時代に取得したのですが、そのほかは、仕事をしながらその都度必要だと感じたもの。学んでいるうちにこんな数になってしまいました(笑)」
一所懸命に資格を取ろうとした理由は、じつはもう1つある。30代前半で夫の赴任先であるアメリカに約6年間滞在していた松木さん。アメリカにいる間も自分なりにスキルアップに努めてきたつもりだったが、帰国後の求職活動において、この6年間は「ブランク」としてしか、みなされないという現実に突き当たったのだ。
「ずっと仕事に戻りたくて、何かしら社会に関わっていたくて、とにかく必死でしたね」
現在は、資格を活かし、セミナー講師としての顔も持つ松木さん。なかでも力を注いでいるのが、お茶にまつわる講座だ。
「何せ、お茶歴は3歳からですからね(笑)。講義では、お茶の歴史や、体調や気分に合わせてブレンドするスキルなどを教えています。一杯のお茶で気分をリフレッシュしたり落ち着かせたりすることができるので、毎日の生活に役立ちますよ」
自分の心にも“誠実”でありたい
他者に対して“気づかいの人”である一方、自分の心にも誠実であることを、松木さんは自らに課している。よくも悪くも、やりたいと思ったことには、あきらめず、妥協せず、きちんと向き合って生きてきたという。
「ときには、こだわりが強すぎて身動きとりにくくなってしまうこともあるのですが、それでも自分自身に誠実でありたい。それが、私の行動のモチベーションにもなっていますから」と、まっすぐ前を見て語る。
いま50代の松木さん、この先のライフプランはどのように考えているのだろう。
「子どもの頃から、『80歳までずっと働いていたい』と思い続けてきました。昔は80歳まで働くなんて言ったら、笑われていましたけど、いまは“人生100年時代”ですからね。アメリカでは、お年を召しても秘書をしている方がたくさんいて、ふつうにおしゃれでカッコいい。それが私の理想のイメージですね」
80歳まで元気で仕事を続けていくためにも、まずは健康第一。
「毎日10杯はお茶を飲んでいますから、風邪もほとんどひかないんですよ」
気づかいの傘2本。キラキラの小物で気分を上げる
松木さんが持参した愛用品からは、「癒し」「和み」といったキーワードが浮かんでくる。
傘はできるだけ邪魔にならない「折り畳み」が基本。オフィスの机の中に2本くらい常備してあり、貸し出すこともよくある。ラメやビーズが施されたデザインは、雨の日でも気持ちが明るくなるように。
花柄のティーポットは、かつての就業先の同僚からのプレゼント。職場が変わっても、このポットと数種類のお茶を必ずオフィスに持ち込み、周囲の人たちにとっておきの一杯をふるまっている。
スマホケースの飾りは、オリジナルデザインでお願いした。ケースとお揃いのピンクの鈴守りは、大好きな水琴窟(すいきんくつ)の音色に似ているお気に入り。金魚のイラストが華やかなボールペンも、運気が上がりそうだからと自分で選んだ。ここぞという大事な契約の際などに使用する。
ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)
カメラマン:坂脇 卓也(さかわき たくや)