社会に出て約30年間、山本弥生さん(47)のキャリアシートには空白の期間がほとんどない。正社員、派遣スタッフと働き方は変われど、営業、経理、人事、総務、調達、法務……と、あらゆる部署を「スタンプラリーで言えばほぼオールコンプリート(笑)」してきた。大学での勉強と併行しながら、子育てや介護など家族の世話に追われながら、決して手放さなかった「仕事」。山本さんの原動力はどこに?

*今回はオンラインで取材を行いました
*掲載しているお写真は、ご本人より提供いただきました

渦中では無我夢中でも、後から「成長」を実感

家電メーカーに派遣スタッフとして勤務していた20代後半、毎晩深夜バスで帰宅するような時期が続いた。当時、山本さんは、働きながら大学で福祉心理を学んでいた。山本さんが子どものころから、精神に病を抱えていた母を、理解し支えたいとの思いからだったという。

「本音を言えば大学での勉強に集中したかったのですが、職場の状況を考えると…。通信制で授業は土日でしたが、レポートなどの課題には思うように取り組めませんでした」

結果的に卒業は1年延びてしまったが、最後までやり遂げた経験を今ではむしろ肯定的に山本さんは受け止めている。

「ようやくひと段落ついたとき、信頼を寄せていた職場のリーダーから『よくがんばってくれた。山本さんのおかげで乗り切れた』と労いの言葉をいただいた。そのうれしさは忘れられません。意地なのか使命感なのか、一度任されたことは中途半端にしたくない性分なんですよね」

この出来事に限らず、30年近く働き続けるなかで、「できることは何でもやる」「チャレンジから逃げない」を常に心がけてきた。「渦中にいるときは無我夢中だから、ちゃんとやれているのかいないのかもわらかない。でも時間がたつと、『あれ、私、結構いろいろできているじゃない』って」と山本さん。「自分の成長が感じられるのって、喜びですよね」と笑みがこぼれる。


▲ 出勤前の習慣で、ほぼ毎朝作っているお弁当。「夫が在宅勤務の日は、夫の昼食も用意します」

子育て経験から気づいた「認める」「褒める」の大切さ

「誰でも最初はうまくいかなくて当たり前。失敗を重ねながら少しずつ磨き上げていけばいい、くらいの気持ちでいます」

そうおおらかに話す山本さん。だがもともとは「自己肯定感が高いタイプではない」そうだ。末っ子としてしっかりものの姉に可愛がられながらも、一方で「ぼやっとしていたらだめだ」といつも発破をかけられていた。

小中学校ではいじめを受けていた。そうした事柄があいまって、自らを「ダメな人間」と思い込んでいたそうだ。「生きる価値もない。でも死ぬこともできない。いつも、どう生きればいいのかと迷っている感じでしたね」

人並みになるためには人以上に努力しなければ……。大人になっても強迫観念のようなものに突き動かされてきた山本さんだったが、仕事を通して目の前の課題をひとつずつクリアしていくうちに、少しずつ自信のようなものが生まれてきたという。

さらに物事の見方が大きく転換したきっかけは、子育てだった。思うようにいかないことや失敗に対しても、ポジティブにとらえられるようになった。

「幼いながらに新しいことにどんどん挑戦していく息子を見ているうちに、失敗なんて当たり前、失敗を責めても何も生まれないんじゃないかということがわかってきたんです。もっともっとと追い立てるよりも、まずはできたこと、がんばったことを認める。そして褒める。それが次に進むエネルギーになると」

出産後に職場で初めて部下を育成する立場になったときにも、同じように感じた。そしてふと、「これは自分自身に対しても当てはまるのではないか」と思い至ったという。

「他のだれでもない、私自身が私をきちんと認めることが大切。『よくやったね』って褒めてあげなきゃって気づきました」。

これまでのキャリアを統合し、起業を目指す

一方で、現在中学1年生になる息子さんが生まれてすぐ、実家の両親の介護生活が始まっていた山本さん。

「父と母がほぼ同時に要介護になってしまったんです。職場にいても、息子の保育園から『熱が出た』という知らせが来たり、ケアマネジャーから父や母についての連絡があったりという毎日で、頭のなかは取り散らかっていました。体力的にもしんどいし、気持ちにまったく余裕がありませんでしたね」

さすがの山本さんも体調を崩し、働き方を見直さざるを得なかったが、それでも働くこと自体は辞めなかった。「仕事が成長する機会を与えてくれる。仕事は裏切らない。その確信は変わりません」


▲ 山本さんがかつて乗っていた1100ccのバイク。教習所に通う時間が、介護と子育ての息抜きになった

今、山本さんには温めている夢がある。介護の分野で起業することだ。大学で身につけた知識やスキル、そして両親の介護体験からの気づきを掘り下げて、世の中に貢献できる事業を模索している。

「さまざまな職種に携わったり両親を介護したりということは、最初から意図していたわけではありません。気づいたらこういう道を歩んでいた。でもこの着地点なら収拾がつく。自分自身も納得させられるんじゃないかと思います」

「いつごろを目途に?」と問うと、まだまだ足踏みしているけれど…と苦笑しながらも、すぐに「行けるぞとなったら行きます!」と力強い言葉が返ってきた。

明瞭な語り口や冷静な自己分析から伝わってくるのは、しなやかさとたくましさ。

「家族や同僚など出会ったすべての人に支えられてきたことに感謝です。でも、最終的に自分を支えるのは自分自身かなとも思います。軸が自分になかったら、課題や困難を乗り越えてはこれなかったかもしれません」

インタビューのおわりに、山本さんがいつも仕事の前に聴いているという歌を教えてくれた。BUMP OF CHICKENの「Aurora(オーロラ)」。

「やみくもに走っているように思えても、ただやみくもなだけじゃなくて、必ず辿りつく場所に向かっているっていう意味合いの歌詞。これはまさに今の私の心境です。この一歩が先につながると思えるから、今日もがんばれます」

大切な人たちへの想いが詰まった愛用品

初めてのマイパソコンは、大好きだった父が亡くなったときに譲り受けたお金で購入したもの。それだけに思い入れも強く、この先ずっと大切に使い続けると決めている。

戦国武将では明智光秀のファン。折に触れて、光秀関連の本を開いている。頭がすごくよかったのに結局天下を取ることができなかったのはなぜか――それを知りたくて読んでいるうちに、その時々で自分が抱えている課題へのヒントを得ることもあるそうだ。

ボールペンは、前の職場で仲良しだった友人2人に山本さんが贈ったもの。「移動や退職でバラバラになってしまったので、違う場所にいるけど、それぞれの存在を思い出せるようにと贈りました」

そして、「これがないと始まらない」というスマートフォン。息子さんと画像やメッセージを送り合うことが楽しみになっている。

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)

SPECIAL SITE
ABOUT

あなた「らしさ」を応援したいWorkstyle Makerリクルートスタッフィングが運営する
オンラインマガジンです。

JOB PICKUPお仕事ピックアップ

リクルートスタッフィングでは高時給・時短・紹介予定派遣など様々なスタイルの派遣求人をあつかっています

Workstyle Maker

『「らしさ」の数だけ、働き方がある社会』をつくるため、「Workstyle Maker」として働き方そのものを生み出せる企業になることを目指しています。