第3回 人は聴いているようでいて実はちゃんと聴いていないものだ
今回は、人材教育コンサルタント/産業カウンセラー/キャリアコンサルタント田中淳子さんの「対人力養成講座」第3回です。「今すぐできるけど、一生役立つ力」がつくための講義をお届けしますのでどうぞお見逃しなく。
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【講 師】
人材教育コンサルタント/産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント 田中淳子
コンピュータメーカー勤務を経て、1996年よりグローバルナレッジネットワークで、ITエンジニア向けヒューマンスキル研修プログラムを開発、実施。著書に『ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方』『現場で実践!若手を育てる47のテクニック』など多数。
以前、あるITコンサルタントに対して、「アクティブ・リスニング」(積極的に傾聴すること)の研修を提供したことがある。受講者は40代を中心とするシニアコンサルタントたちだ。事前の打ち合わせで出てきたのはこんな話だった。
「最近、案件のクロージングまでに時間がかかっているんです。2回目の訪問までにある程度お客様の気持ちをつかみたいのですが、訪問回数が増える間にコンペティターに負けてしまうこともあります。ベテランのコンサルタントが多いのになぜだろう?と色々考えたところ、実は、顧客の要望をきちんと訊けていないのが要因ではないかと思い至りました。そこで、基本に立ち返って、聴き方のトレーニングを実施しようと思っているのです」
研修では、コンサルタント役とクライアント役に分かれて、通常行う会話を再現してもらった。周囲で十数人のコンサルタントが見ている。
「現在、お困りのことを伺えればと…」
「最近、うち、2社が合併したでしょう。合併プロジェクトに関わっているんだけど、色々大変なんですよねぇ」
「合併となると、システムの統合も課題ですよね。合併に伴うシステム統合であれば、弊社も実績がたくさんありますので、ご安心ください」
「ああ、経験、たくさんお持ちでしょうね。まあ、システムの統合もそうなんだけど、合併って言うと、他にも色々気苦労があるわけですよ」
「それでは、一つ一つ整理して、問題を解決したほうがいいですね。ご安心ください。弊社では多くの経験がありますので、大丈夫です!」
「ほらぁ、たとえば、経理一つとっても、用語が違うんですよねぇ。困っちゃって」
「どちらの企業の言葉に合わせるか決める必要がありますね」
「言葉だけならまだいいんだけど、なんというか、考え方というか、風土というか…それが結構大変なんだよ」
「ええと、次回は、合併をお手伝いした事例をお持ちしますので、それをお見せしながら、お話しさせていただけますか?」
「え、ま…はい…」
ここで会話を打ち切り、「どう思いましたか?」と尋ねてみた。まずは、コンサルタント役。「だいたいいつも通りに話を進めることができました」と言った。クライアント役は、「たしかに、コンサルタントからすればいつも通りだと思うけど、クライアント役をやってみて、なんだか話がかみ合ってない気がしました」と感想を述べた。周囲でこのロールプレイを観察していた他のコンサルタントたちも、口々にこんなことを言った。「いつも自分がやっているのと似たり寄ったり。ただ、第三者視点で見ていたら、会話がかみ合っていないなぁと気づいた」
そうなのだ。この会話、全くかみ合っていない。
クライアントは、「大変」「気苦労」「困った」という点を訴えている。これは、「感情」に関する問題だ。それに対して、コンサルタントは、「弊社には実績がある」「用語を決める必要がある」「事例をお持ちします」といった「解決策」の提示を行っている。
「感情」面を語っている人に対して、「解決策」からアプローチしているから、この会話はどこかかみ合っていない印象を与える。そしてクライアントも実は、なんとなく「伝わっていない」「自分の気持ちが分かってもらえない」と感じているはずである。
「共感」すると相手がすっきりして、よりよい会話に
私は、コンサルタント役にこうアドバイスした。クライアントの「大変」「気苦労」「困った」に対して、まずは、そのまま受け止めて、共感を示してみること。「大変なんですね」「気苦労が多いと…」などと言葉を繰り返すだけでも、「聴き手は私の気持ちをわかってくれた」と感じられる。言葉を多少言い換えてもよいし、難しければオウム返しでもいい。さらに、「どんな点が大変ですか?」「どこが気苦労の種でしょう?」と質問し、深堀してみること。この2点に気をつけて、再度同じペアに会話してもらった。
「現在、お困りのことを伺えればと…」
「最近、うち、2社が合併したでしょう。合併プロジェクトに関わっているんだけど、色々大変なんですよねぇ」
「合併プロジェクトで大変なんですね。具体的にどういった点が大変なのでしょう?」
「そもそも2つの会社の業務をどう統合するか、ですよね。気苦労も絶えないです」
「業務をどうまとめていくかは確かに大変ですね。一番の気苦労はどんなところに?」
「たとえば、経理一つとっても、用語が違うんですよねぇ。困っちゃって」
「たとえば、どんな用語が?」
「たとえば、バジェットというか、予算というか、とか」
「なるほど。用語一つ違っても、困惑しますよねぇ」
「それ以前に、社風ね」
「たとえば?」
「うちはどちらかというと保守的でじっくり話し合って決めるというタイプなんだけど、合併相手は、どんどんスピーディーに変えていくというか。だから、合併プロジェクトの会議でも感覚が合わないことも多くて。何かいい方法ないですか?」
「なるほど。文化の違いも感じるわけですね。ええと、私どもではこれまで多くの合併プロジェクトに携わってきましたので…(以下略)」
2回目はずいぶん展開が変わった。コンサルタント役は、自分から話したり、提案したりせず、相手の言葉を繰り返し、質問を使って掘り下げ、理解しようと努めている。クライアント役は、自分の気持ちをわかってもらえたと思ったのか、最後には、自分から「何かいい方法ないですか?」と切り出している。実際にクライアント役はこう感想を述べていた。「自分の気持ちや考えを聴いてもらっている内に、すっきりしてきて、最後に、『どうしたらいいですか?』と自分から相談を持ちかけてしまった」
この2つのロールプレイを見ながら、皆さんで話し合った結果、こんな声が聞こえてきた。
「いつも最初のパターンの会話をしていた。お客様が困っていることを解決するのがコンサルタントの仕事だと思うあまり、とにかく何か提案しなくてはと焦り、自分の話が多くなっていたかも」
「上司から、コンサルタントは、相手にインプットを提供してなんぼだ、とさんざん言われてきたので、どうしてもただ聴いているだけではいけないと思い込んでいた」
「相手の言葉を繰り返して掘り下げていると、相手がだんだんすっきりした表情になっていくのがわかった」
「話を聴いてもらえたと思えると、自分から、コンサルタントの話も聴こうという気になるのかも知れない。焦らず、聴くことが大事なんだなあと感じた」
アクティブ・リスニングを行うために意識する2つのこと
人の話を丁寧にきちんと聴くというのは簡単なようで、実は難しい。聴いているようでいて、たいていの人はそれほど深く聴いていないものだ。相手の話を聴きながら、それに対して自分が次に何を言うか、常に考えながら相手の話を聴いているため、「こうしたらどうか?」「こういう方法もある」と自分の考えを言いたくなってしまう。
2回目の例のように、「大変なんですね。具体的にはどんな点が大変なんですか?」と言葉を繰り返し、掘り下げる質問をしていくと、話し手は、自分の頭の中にあるもやもやをすべて言語化することができる。相手が聴いてくれるという安心感に加え、自分の頭の中にあるあれこれを言葉で表現していく内に、自分にとって解決しなければならない問題が何かも明確になる。
相手の話をきちんと丁寧に聴くことは、会話の基本である。聴くことを「受け身」の行為だと思っているとうまくいかない。「アクティブ・リスニング」というのは「積極的に能動的に聴く態度とスキル」のことを指す。
相手の話を深く理解するために、まずは、「言葉を繰り返す」、次に「具体化するための掘り下げる質問をする」。この2つを実践してみるだけでも聴き上手の第一歩へ踏み出せる。
(編集後記)
このコラムを読まれている方のなかにも、思い当たる節があるのではないでしょうか。相手を安心させるために発した言葉が、相手が本当に聴いてほしいことを見逃してしまう例でした。次回は、「聴き手だけでなく話し手として対人力を高める方法」です。どうぞ、お楽しみに。