自分にはできない。才能なんてあるわけない。子どもの頃、夢中になったことを、なぜか自分で押さえつけてしまっていることはないだろうか。ずっとイラストを描くのが好きだったという小林綾子さん(41)も、それを人生の主役に据えようと考えたことは一度もなかったそうだ。そんな彼女はなぜ、本格的に版画家としての道を志すようになったのだろうか……?

自分の個性を、思い切り表現してみたかった

「そんな夢みたいなこと言ってないで、マジメに仕事した方がいい」ーー画家や作家を志望する友人たちに対し、かつてはそう思っていたという小林さん。しかし時を経た今、彼女は自ら版画家の道を志し、一歩ずつ着実にあゆみを進めている。

「子どもの頃からイラストを描くのが好きでした。でもそれを仕事と結びつけて考えたことは、ただの一度もなかったんですよね。自分に才能や可能性があるなんて、思ったこともありませんでした」

小林さんが、心の底に潜んでいた自分の強い欲求に気づいたのは、就職し、広報や編集の仕事にたずさわるようになった20代半ばごろのこと。クリエイティブな職業の人たちに囲まれ、表現することが楽しいと感じながらも、「自分はもっと思うままに表現したい!」というフラストレーションを感じるようになったそうだ。

そんな彼女の背中を押したのは、当時パリに住んでいた叔母のひとことだった。「絵が上手なんだから、本格的にやってみたらいいじゃない」ーー。

「そのときはただ、モヤモヤした行き場のない思いだけがあって。とにかく何かの糸口を探していたんでしょうね。だから『フランスでは浮世絵が流行っている』という叔母の話を聞き、自分の中で唐突に何かのスイッチが入ってしまったんです」

木版画に魅せられて、創作活動に没頭

フランスから帰国した小林さんはさっそく、絵を学べるカルチャーセンターに通いはじめる。そこで出会ったのが、木版画。表現の自由度も高く、思い描いたイメージと実際に摺ったときのギャップ、意外性におもしろさを感じたという。

あれも、これも作りたい。次は何を作ろうか。このモチーフを組み合わせたらどうなるだろう……? 自分が思うままに表現することが、本当に楽しかった。彼女はすぐに、創作活動にのめりこんでいく。

仕事をしながら、コツコツと作品を作り続ける日々。そしてついに2011年には、東京・銀座のギャラリーで初の個展を開くまでになった。

「働きながらだと、どうしても日常に流されていってしまうじゃないですか。だから個展を開いたり、海外の公募に作品を出したりして、ときどき自分を追い込んでいました」

しかし、ちょうど版画家としての活動も充実しはじめた2013年頃、小林さんは夫の仕事の都合で名古屋に転居することになる。当時の彼女とは、何のつながりもない場所だった。

東京から名古屋に移り、少しずつ活動の基盤をつくる

「名古屋でどうやって活動していこう」という不安はあった。でも新しい場所で暮らしはじめたからこそ、気づけたこともあったという。

「東京にいたときはどこへ行っても人混みが多く、道を歩いているだけでものすごい量の情報に触れていました。それが当たり前でしたけど、名古屋にきて『あ、呼吸できる』と感じたことがあって。きっと、空間の余白のようなものですよね。目に入る情報が少なくなったぶん、インスピレーションが浮かびやすくなった気がします」

またアルバイトとして新たにはじめた、美術館の接客の仕事もいい刺激になった。さまざまな展示に触れることができ、美術についての知識も深められる。

個展を開く場所も、自分の足で歩き回って見つけることにした。整然としたギャラリーでなくてもいい。古民家やカフェなど味わいのある建物のほうが、自分の作品に合っていると感じるようになったそうだ。

「ときどき、地元の人からも『よくそんなマニアックなところを見つけたね!』と驚かれるくらい(笑)。名古屋にきて4年。少しずつ知り合いも増えて、活動の基盤も広がってきましたね」

仕事の出会いから得た刺激を、次の作品に生かしている

「いつかは、版画一本でやっていきたい」。そんな思いを抱きつつも、小林さんはどこかで、自分の創作活動には何かしらの外的刺激が必要だと感じている。

「外からの刺激がないと、進化していかないような気がするんです。仕事や、他のことから得たものを作品にしていくタイプなのかもしれないですね」

そんな彼女が美術館の次に選んだ職場は、名古屋市内にある愛知県弁護士会。週5日、お昼から夕方までのあいだ受付に立ち、訪れる人の応対をしている。

「たくさんの人の出入りがある場所なので、いろいろな人の考えや価値観、感情に生で触れ合えるんです。そうした一つひとつの出会いから、アイディアが引き出されていくというか」

仕事から得た“何か”を、作品として昇華していくーー確かに、そんなアーティストがいてもいいのかもしれない。「やりたいこと」と「仕事」のベストバランスを探りながら、小林さんは今も、自分自身の表現と向き合っている。

仕事から“創作モード”に切り替えるための意外なアイテム

アクセサリーとノート、アロマオイルは、すべて伊豆高原にあるセレクトショップ「LOLO SiTOA」のもの。海外製の雑貨をはじめ個性的な商品がそろっており、小林さんが大好きなお店なのだそう。

「ネックレスに使われている天然石は、インスピレーションや直感力を高めてくれるラブラドライト。これはオーナーさんのセレクトです。私が作品を作っていることを知って、すすめてくれました」

そうしたフェアトレードやオーガニックなものに惹かれる一方で、彼女が普段、好んで聴いているという音楽はなんと「ミクスチャーロック」。ご本人の柔らかい雰囲気からは、なかなか想像できないジャンルだ。

「感情を爆発させているような、激しい音楽が好きなんです。怒りや悲しみといった負の感情を、自分の作品に込めることもあるので。いつも仕事帰りに聞いて、気分を創作モードに切り替えています」

ライター:大島 悠(おおしま ゆう)
カメラマン:刑部 友康(おさかべ ともやす)
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