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日本とイギリスで学んだお菓子作り。「誰でも笑顔になれる魔法」を届けたい

10歳のころ、母が作ってくれた「りんごのぽろぽろ焼き」。岡崎香折さん(54)が手作りのお菓子に目覚めたのは、それを食べた瞬間だった。以降、自分でも作るようになり、今では自宅でBon-bon Sucreというお菓子と紅茶の教室を開いている。その間、子育てや海外生活など、たくさんの経験をしてきたという。

子どものころからお菓子作りを

中学生のころから自分でお菓子作りをするようになった岡崎さん。社会人になりメーカーに勤めながらも、お菓子の基礎を学びたい、と夜学で製菓学校に通っていた。

「2年間通っていましたが、その間に結婚、妊娠で会社を辞めることになりました。その後、子育てをしながらお菓子作りを教えていたのですが、夫がマレーシアへ転勤することになったんです。2人目の妊娠中でしたが、家族は大変な時こそ一緒にいるべきだと考え、全員でマレーシアへ引っ越しをしました」

周囲には「日本で産んだほうがいい」と勧められたが、その場合は予防接種の問題などもあり、何か月も家族が別々に住むことになってしまう。それはよくないと判断し、妊娠8か月で飛行機に乗り、自分の意志で現地での出産を決めた。

マレーシアで5年間過ごしたあと、夫がイギリスへの赴任を打診される。お菓子作りの勉強をしたかったのでイギリスへは行きたかったが、「子どもに少しでも日本で過ごしてほしい」といったん帰国。

「日本で数か月過ごした頃、赴任がほかの人に決まりそうになったんです。でも私はイギリスでお菓子の勉強をしたいという思いもあり、夫に行けるように頑張ってと鼓舞しました」

幸い、イギリス赴任が決まり、家族で引っ越しをすることに。夫の赴任に付いていくにしても、なりゆきではなく自分の意志を持ち、しっかりと日々を歩んできた。

イギリスで憧れのシュガークラフトの学校へ

イギリスで習いたかったのは、伝統菓子のシュガークラフト。砂糖と卵白で作るお菓子で、繊細な形が作れて、日持ちするのが特徴。言語もままならない中、さらに子どもを育てながら教室に通った。

7年間のイギリス生活を経て、家族とともに日本へ帰国。お菓子の教室を開きたいものの、家計とは別にしようと考え、まずは派遣の仕事で資金を作ることにした。

「ときどきはイギリスへ行って材料の調達や勉強をしたいので、そのためのお金も必要です。お菓子作りは家でするばかりなので、派遣での期間限定のお仕事は案件ごとに通勤先も変わり、いいリフレッシュになりました」

自分でお金を工面しながら、自宅でお客様に合わせたレッスンを開催し始めた。両親の金婚式や誕生日、結婚記念日など、その人に合わせたケーキを教える。ハート型のホールケーキ、スペシャルなプレート、ロールケーキ……。思い入れにより、作るお菓子もさまざまだ。

素直にお礼が言えない父が最期に残した言葉

岡崎さんが大切にしているのは「喜んでもらいたい」という思い。誰かのためにつくるケーキは、自分も相手も「笑顔になれる魔法」だという。

「私の父は2014年に亡くなったのですが、亡くなる3日前に突然『シュークリームが食べたい』と言ったのです。急いで家に帰って作り、消灯時間のぎりぎりに持って行って食べてもらったのですが『パサパサしてるな』との言葉。『お父さんの口にはもっと安いもののほうが合うもんね』と嫌味を言う私に、父は、『人を喜ばせることはいいことだ』と唱えるように3回繰り返したのです」

素直にお礼を言えなくても、岡崎さんには父の喜びがしっかりと伝わった。言葉がなくても、人を喜ばせ、幸せにすることができる。お菓子にはそんな力がある。

手作りのお菓子を食べて育った子どもたち二人も、母を応援している。長女はこの4月に新社会人となった。その少し前に手術をしなくてはならない病状が見つかった岡崎さんは、入院の日と入社式が重なってしまったのだという。

「入院の日の朝、いつものようにラジオを聞いていました。すると、こんなメッセージが読まれたんです。『あおいオーロラさんからのメッセージです。私は今日入社式です。これまで育ててくれた家族に感謝しています。社会に出て頑張りたいと思います。続いて、おかぴーさんよりメッセージです。今日、妹は入社式。母は手術に向かいます。とても前向きな二人。僕は全力で応援したいと思います』それを聞いたときに、とても嬉しくて。夫にも、子どもたちはもう私たちを超えているから大丈夫だね、と話しています」

海外で暮らしたことで「子どもたちにもいろいろ苦労をさせた」と言う岡崎さんだが、子どもたちが独り立ちしていく中で、自宅にキッチンをもうひとつ作ろうと考えている。

「お菓子を販売するためには、生活と別のキッチンが必要なんです。今までも『売ってほしい』という方がいらしたので、そういう方のために作ることができればと」

岡崎さんはこれからも、言葉のいらないお菓子で、人を笑顔に変えていく。

何度も通って手に入れたアンティークの品

話を聞きながら岡崎さんが度々手に取った銀製のティーセットは、イギリス在住中お店に何度も足を運び、夫を説得して手に入れたアンティーク品。陶器と違って割れず、へこんだり傷ついたりしても直せるためずっと使い続けられるのだとか。

「自宅が広くないので、じっくり吟味して選びたいんです。お気に入りの品は、どれも物語があります」

ティーカップはお店で初めて会ったイギリス人女性と話しながら選んだ。同じくイギリスのお店で選んだポットは、ずっと気に入って毎日のように紅茶を入れて飲んでいる。

ケーキ作りで使っているのは、銅製のソースパン。小さなサイズがお気に入りだ。日本で通っていた製菓学校時代の友人にもらった海外土産のカードは、硬さ、持ちやすさが手にフィットして使い続けている。マレーシア、イギリスと、一緒に移り住みながら、お菓子作りを経験してきた道具だ。

ライター:栃尾 江美(とちお えみ)
カメラマン:刑部 友康(おさかべ ともやす)