新卒で、地方に本社のある建設会社の東京支店に入社した長岡淳子さん(49)。21年間勤務した会社を約6年前に退職し、いまは週3日の契約社員、週2日のアルバイトなど5つの仕事を掛け持ちしながら、趣味の登山や演芸場巡りを楽しむ。当たり前のように同じ場所に通い、当たり前のように帰属意識をもって過ごしていた会社員生活を卒業した長岡さんは、第2幕目の“いま”をどのように謳歌しているのだろうか。

*今回はオンラインで取材を行いました
*掲載しているお写真は、ご本人より提供いただきました

脈々と受け継がれる演芸や自然の世界にどっぷり

「はじめまして」――リモート画面の向こうに現れた長岡さんは、えんじ色のTシャツ姿。胸元に大きく描かれたイラストに話が及ぶと、少し緊張気味だった表情がぱっとやわらいだ。

「ありがとうございます!これはですね、落語に出てくる豚さんのキャラクターなんです。山仲間でもある演芸仲間と通販で揃えました」

講談や落語にはまり、演芸場に通い始めたのは5年ほど前。「一瞬で別の世界や時代に連れて行ってくれる。後で思い返しても、そこに噺家さんの姿はなく、物語の舞台がぱあっと浮かび上がるんです。それってすごくないですか」

登山も、ずっと続けている。夏休みにアルプスを縦走するのが恒例で、トレーニングも兼ねて月に数回は近くの山々を歩く。

「山のなかにいると、とてつもなく幸せで贅沢な気分になります」と瞳を輝かせる長岡さん。

「都会にはないスケール感の大自然に抱かれている豊かさ。日常とは時限が違う空気がそこに流れている。考えてみたら、山も演芸も、脈々と時代や世代を経て受け継がれているものですね。私は、そういう世界に美しさを感じるのかもしれません」

インタビュー中に印象的だったのは、こちらの問いに対し、ときおりじっと考え込みながら、ていねいに言葉を探す様子。そこに、長岡さんのこだわりや物事に向き合う姿勢が映し出されているように感じた。

そんな長岡さんに、ここまでのキャリアについて聞いてみた。

「定年まで勤めるつもりですか?」と聞かれ

「建設会社では土木部に所属し、後半10年は経費計算や給与処理といった一般事務のほかに、業績に直結する積算業務にも携わっていました。10~20本ほど積算するうち1本落札できれば上出来というむずかしい仕事でしたが、面白みもやりがいもありました」

人間関係も良好で、職場でも山仲間、飲み仲間に恵まれ「充実した会社生活を送っていた」という。

「それじゃ、なんで辞めたの?ってなりますよね」と長岡さん。

「あるとき、後輩が何気なく『長岡さんは定年まで勤めるんですか?』と聞いてきたんです。私、とっさに『ないないない!』と首を振っていました」と苦笑する。

「本当は何年も前から悶々としていたんですよね。でも、具体的に踏み出すまでには至らなかった。それが、後輩の一言、というより、そのときの自分の反応で、ぱっと背中を押されてしまったんです」

引継ぎを終え、会社を辞めたのは半年後。

「できることは精一杯やってきたから、残ったのはやりきったというすがすがしさでした。貴重な経験をたくさんさせてもらった。お給料を上げるために取った資格がいまになって活きているんですよね」

未経験の仕事にも「面白そう」とトライ

「退職後については何も考えていませんでした」とあっけらかんと話す長岡さん。「とにかく今までにない環境で、やったことのないことをやってみたかったんです」と振り返る。

その言葉通り、居酒屋のランチ業務や大きな公園の受付、劇場のデータベース入力などさまざまな仕事を経て、いまは、不動産関連の会社で週3日、友人の会計事務所で週2日、さらに週末はスポーツ大会の計測のアルバイトを掛け持ち。コロナ禍で計測の仕事が激減してからは、新聞のレイアウトと月20~30時間ほどの経理業務も在宅でこなしているという。

「どの仕事も最初から自信があったわけではないんです。楽しそう、やりたいという気持ちと人とのご縁で飛びついてきました。ただ、いずれは地方に住んでみたいという夢もあるので、経理などの在宅で稼げるスキルを今磨いていきたいかな。業種や地域に関係なく通用しますもんね」

「自分さん」のご機嫌をうかがってバランスを保つ

この6年で気づいたことは、ひとつの職場に張り付くよりも、週3日+週2日というように、いくつかの仕事を組み合わせる働き方のほうが自分には向いているということ。

「どの仕事先に対しても、ある意味“距離感”を保てるのがいい。以前は、会社にどっぷり浸かっていることに疑問をもたなかったけれど、いまは『能力を提供する』という関係性が心地よくて、気に入っています」

仕事は楽しく、中途半端にもしたくない。意識をしないと歯止めがきかなくなってしまうことも自覚している。実際、コロナ前は計測の仕事が週末ごとに入っていて、数カ月間、
まったく休みなしで働き詰めだったそうだ。

そこで長岡さんが、からだと心のバランスをとるために編み出したのが「自分さん」だ。

「俯瞰して自分を客観的に見つめるということですね。忙しくなりそうなときは『淳子さん、大丈夫?』って聞いてみて、ちょっと危なそうだったら、立ち止まってみる。元気でやれているのは、いつも自分さんにご機嫌うかがいしているおかげかもしれません」

21年間の会社員生活で培ったもの、その後の6年間に身につけた多岐にわたるスキルや知識、山登りや演芸場巡りの仲間たち、(ここでは触れなかったが)友人を招いて開く「家宴」の時間、「自分さん」……。それらはどれも、長岡さんを構成するかけがえのない一部だ。それぞれ別の顔をもっていてもどこか根っこでつながり、長岡さんの世界をしっかり支えているように思えた。

演芸場の待ち時間は、風呂用の椅子が大活躍

山登りと演芸場通いで愛用している品々を並べてみた。「演芸のぴあ」と呼ばれる「東京かわら版」は、演芸場巡りの予定を組む際に必須。雨具とザックカバーは、もともと登山用のアイテムだが、演芸場に並ぶときも重宝している。予約なしで席をとりたいときには、風呂用のいすが活躍。パソコンを持参して、待ち時間にこの椅子に座りながら仕事を片付けることも。

「妙高山」と表紙に書かれているのは自作のしおり。仲間と登山する際には、仕事で身につけたデザインソフトのスキルを駆使し、コースタイムや持ち物、登ろうとしている山に関する情報などをまとめ、メンバーに配布する。「こういう作業が好きなんです。割と命かけていますね(笑)」

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)

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