日本での仕事上のコミュニケーションといえば、居酒屋での歓送迎会や接待、社員旅行……最近では、あまり聞かなくなってしまった。その結果、人のつながりそのものが希薄になってしまっている。そんな中、従来のケータリングやテイクアウトとはまったく違う、食のプラットフォーム「Green Dining (グリーンダイニング)」を立ち上げた、竹内恵子さんと新垣道子さん。コミュニケーションが生まれるような料理空間を企業に向けて提供し、また同時にレストランのシェフたちに新しい働き方や体験を提供している。新しさを感じさせるこのサービスがどのようなものか、二人に話を伺った。
アフター5の飲み会に代わる“食べニュケーション”とは
企業の会議室に、カラフルなオーガニック野菜の盛り合わせを準備する。これだけでも写真映えする。集まってきた社員たちは、グループごとに、それぞれ一枚の皿の上に野菜を盛りつけて、サラダをデザインする。上司と部下もここではフラットな関係。ワイワイ盛り上がりながら会話がはずむ。これが、Green Diningの提案するプログラムの一例「チームサラダ」だ。
「私たちは外資系企業に勤めていましたが、海外では社員たちが社内で一緒に食事を囲む機会がとても多いんですね。朝食会やランチ会はもちろん、キッチンで料理も一緒にやるんです。そうすると、普段の会議では話さないようなアイデアも出る、自分に対するいい評価を思いがけなく聞けることもある。コミュニケーションが食によって深まるというたくさんの体験をしてきました」
この食文化を日本にも持ち込んだら、社内外でのコミュニケーションがもっと円滑にいくのではないか、という点に狙いをつけたのが、当時、外資系IT企業の同僚でもあった新垣さんと竹内さんの二人。着想し、準備を始めてからほぼ半年、2016年11月に「Green Dining」を提供するグラアティア株式会社を立ち上げた。自分たちのサービスを“食べニュケ―ション”と呼んでいるという。
届けるのは 豊かな“食を通したコミュニケーション空間”
通常のケータリングとGreen Diningの最大の違いは、企業の悩みや目的に合わせて、さまざまな食のプログラムを提案できるという点。「私たちのサービスは料理を運ぶことではなく、食の力を使って生まれる“場”を提供することだと思っています」
「ある企業から社内で懇親会をしたいというお話をいただきました。聞くと、離職率が高い、新入社員とコミュニケーションがうまくとれていないようでした。そこで、チームサラダをご提供したところ、とても盛り上がり、新入社員の一人が『社内で相談できる仲間が作れた、前の会社ではなかったこと』と、とても喜んでくださったんです。会社の会議室での手作り感ある演出が、かえって自分たちが大切にされているという感覚で受けとめられたようです」
もちろん、求められる食の形に同じものはない。「海外からの仲間も加えてチームビルディングをしたい」「地域活性化プログラムの一部としての懇親の時間を持ちたい」「家族も一緒に楽しめる、社員間の絆を深められる交流会を」……
こうした要望を、スタッフが経営者や担当者からしっかりと聞きとり、多彩なプログラムやメニュー提案ができるから、その会社や顧客の“らしさ”を尊重した料理空間を提供できる。
シェフには“らしい働き方”を提案する
Green Diningのユニークな点は、料理を作るシェフの側にも大きな利益を生み出していること。大手企業を顧客に数十人~数百人という料理を作る仕事は、シェフにとっても実入りがよく魅力的だ。
また、料理人としての実力が試される場が持てることも大きい。さまざまな制約はありながらも、決まった料理を作る飲食店での仕事とは大きく異なり、自分で料理をデザインし、作る。それは料理の道に入ったシェフにとって、大きな喜びになり、視野を広げるチャンスになる。
取材当日、レンタル・シェアオフィス「+OURS新宿」でのイベントで料理を担当した小笠原大輝さんは、代々木八幡の創作ビストロのオーナーだという。
「普段は洋風ビストロをやっているので、前に依頼があった、芋煮など、和風の食がテーマというのは面白かったですね。新しいメニューを作るのは楽しい。ここで作った料理が店のメニューになることもあります」
持ち込んだ料理を大きなプレートへ丁寧に、ときに大胆に盛り付けていく姿は、まるでアーティスト。クリエイティブな職種のゲストが集まる場に、カラフルでおしゃれなフィンガーフードが並ぶ。ゲストたちは料理に歓声を上げ、スマホを出して次々料理の写真を撮っていく。出張シェフサービスなので、ゲストたちが食べ始めてからグリル鍋でカリッと肉を焼いたり、茹でたてパスタを提供したりなどすることもある。
食が生み出す豊かな暮らしを伝えたい!
「安全でおいしく見た目も良く、かつ柔軟な食コンテンツをつくるためには、どんなシェフでもいいというわけではありません。やる気があり、熱い思いとプライドを持った方でなくては!」この強いこだわりの背景には、前職の経験がある。
前職では二人とも激務で、深夜労働、海外出張と、家族との十分な時間も持てないような日々が続いた。
「せめて食べる時間くらいは丁寧に、幸せを感じながら過ごしたいし、仲間たちにもそんな時間を過ごしてほしい。テクノロジーを活用して、もっとそういう場を多く生み出せないかと思いました」
コミュニケーションの『場』と『時間』の大切さを、身をもって感じていた二人が意気投合し一気に開業までに至った原動力と、おいしさ・楽しさ・美しさへの強いこだわりはそこにある。
おいしいものを囲んで人が笑顔になる。とても簡単なことのように見えて、これが案外難しい。だからこそ、Green Diningのような新しく、そして熱のあるサービスが求められているのだ。
グラアティア株式会社
代表取締役/竹内恵子さん・新垣道子さん
外資系IT企業を経て、2016年11月にグラアティア株式会社設立。出張料理人と利用者をつなぐプラットフォーム「Green Dining」をリリース、“コミュニケーションを促す料理空間”を届ける。開業約1年間で120件・約1万人に出張料理を届け、現在シェフは約700人、スタイリスト、その他のパートナーのネットワークを構築して、毎回のサービスをプロデュースする。最大規模のイベントは1300名。経済産業省「始動 Next Innovator 2016(グローバル起業家等育成プログラム)」のシリコンバレー派遣メンバーに選出、「KIRINアクセラレーター2017」ビジネスコンテストで252社の中から優秀賞を受賞など、ベンチャー企業としての評価も高い。
ライター:有賀 薫(ありが かおる)
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)