誰でもいつも絶好調というわけにはいかない。たとえば、仕事でミスして落ち込んだとき、人間関係でトラブったとき、熱を出して寝込んでしまったようなとき、気兼ねなくグチをこぼしたり、SOSを発することができる相手が身近にいたら、どんなに心強いだろう。
「MKN(武蔵小山ネットワーク)」は、20代後半から30代半ばの武蔵小山在住者で結成されたご近所コミュニティ。家の近くで畑作業や食事、遊びなどさまざまな活動を企画し、共に過ごしながら、お互いの「困った」に手を差しのべ合える関係性を紡いできた軌跡を、いつも皆で集まる武蔵小山の居酒屋、「豚太郎」でうかがった。

「農民部」で畑を借り、野菜づくりに汗を流す

現在、MKNのメンバーは、男女あわせて20名ほど。誰かの家で食事会を開いたり、なじみの店で飲み会をして集まるほか、「部活動」と称し、手芸、梅干づくり、DJ(カラオケ)などを楽しんでいる。一時期は、「農民部」をつくり、品川区の貸農園を借りて野菜づくりに汗を流した。

「農業をやってみたいっていう意見が多かったんです。土日にシフトを組んで、畑を耕したり収穫したり、収穫した野菜でごはんを作ったり。大変だったけれど面白かったなあ」とメンバーの一人、ゴエさん(28)は振り返る。

約3年前、MKNを立ち上げたメンバーのひとりが正太郎さん(30)だ。

「面白い商店街があるから」というシンプルな理由で住み始めた武蔵小山にたまたま友だちも引っ越してきて、さらにその友だちがまた友だちを呼んで……と、ゆるやかなつながりができた。それが妙に心地よかったのだという。

「都会の一人暮らしって、何かあったときに気軽に助けを求められる先が意外とないじゃないですか。いきなり町内会に入るっていうのも、引っ越してきた僕らにはちょっと敷居が高いし。それなら、自転車でさっと行き来できる仲間同士で、単なる飲み会を超えた互助会みたいなものをつくったら面白いかもってなったんです」

描いたのは、「風邪をひいたときお粥を届ける」関係

「僕にとっては、初めて自分が自然体でいられる場所に出会ったという感じなんですよ」とゴエさん。

じつはゴエさんは生粋の武蔵小山っ子。小中学校の同級生など地元に知り合いがいないわけではない。けれど、子どもの頃から、「みんなと同じ」が求められるような空気が性に合わず、いつもどこか少し冷めているところがあった。

「まだ子どもだったというのもあるのでしょうが、内面的なところまで共有できるような相手がいなかった。だからその場限りというか……今も道ですれ違えば挨拶くらいはしますが、連絡をとりあってまで会おうというつきあいじゃないんです」

ところが、たまたま誘われて参加したMKNは、何かが違った。途中からの加入だったので、はじめは話題についていけずに疎外感を抱くこともあったが、それでも離れがたい魅力があったという。

「MKNには『風邪をひいたときにお粥を持っていける関係性』というミッションがあって、思いやりがある人たちの集まりだった。そこにすごく惹かれたんです。一人ひとりバックグラウンドが違うし性格もさまざまですが、お互いに良い面も悪い面も認め合っている。何かそういう環境に身を置きたいと思ったのでしょうね」

“ダサさ”も“弱さ”も隠せないから、居心地がいい

MKNに参加し始めた頃、ゴエさんは新卒で入った会社を辞めて、次の職場も決まってない期間だったそうだ。

「当時、電車に乗るのが辛かったですね。誰も僕のことなんか見ちゃいないって頭ではわかっているんだけれど、『お前、どうせ仕事していないんだろう』って非難されているようで」

働いていない自分を責め、不安や焦りにさいなまれる日々。ところが、MKNの集まりでは、たまたま同じような境遇のメンバーがいたり、「そんなときもあるよね」と共感してもらえたりして、気持ちが楽になったという。

「MKNがあって本当に僕は救われた。そうでなかったら、あのまま家に閉じこもっていたかもしれません」とゴエさんは振り返る。

MKNがメンバーにとって特別な居場所になっている理由を、正太郎さんは、「くらしの部分でつながっているから」と考えている。

会社の中でも社会的にもそれなりの役割が求められる世代。たとえば、お金を稼いだり成果を出すためには、ときには自分が大事にしたい価値観に目をつぶらざるを得ないこともある。見栄を張ったり、できる人間風にふるまわねばならないときもある。けれど、MKNは損得勘定抜きの“ご近所づきあい”。だから、自分を盛って見せたり本当の気持ちにフタをしたりする必要がないのだ。

「というより、しょっちゅう会っているし距離が近いから、性格のクセや弱さを隠しきれないんですよ。でも、人って、ダサい部分を見せることができて、初めて“ありのまま”でいられるんじゃないですか」と正太郎さん。

「なんだか家族みたいですね」と言うと、「うん、そんな感じです。血のつながりもないし、出身も職場もバラバラなんだけど、そういう濃い関係になれたのが面白いですよね」と笑顔が返ってきた。

コミュニティにコミットするには、自分から「ギブ」を

そんなMKNにも変化はある。当初は新しいメンバーが溶け込みやすいようにと定期的に全員が顔を合わせる場も設けていたが、今は、その都度Facebookのグループページで呼びかけるという形をとっている。あえてメンバーの募集もしていない。

正太郎さんは「成熟期」と呼ぶが、この先に何か目指す姿はあるのだろうか。

「いや、何もゴールみたいなものはないですよ。会社とか仕事は常に共通の目標を掲げて、そこに向かってみんなでがんばっていくものだけれど、コミュニティってそれとは違う。ただただ、居心地がいい。その状態をキープできていればいいんじゃないかなって思うんです」

引っ越しや転勤で住まいが離れ、現実に“お粥を届け合う”がむずかしくなるメンバーも出てくるだろう。けれど、「結成した頃は、自転車で10分圏内の距離感が重要だったけれど、逆に今は、このメンバーだったら物理的な近さはなくても大丈夫と言える自信もついてきた」と正太郎さん。

「もし仮にMKNにゴールがあるとしたら、精神的につながるってことかな。とすれば、そのゴールにはもう到達しているのかもしれませんね」

最後に、改めて正太郎さんに、「コミュニティって何ですか?」と聞いてみた。

「コミュニティって言葉は、ラテン語のmunusから派生したんですって。munusは“ギフト”、つまり贈り物という意味。coは“共に”。だからコミュニティって、『困ったときにお互いに自分の持っている資源やスキルを差し出し合える関係』というのが僕の解釈。そういうコミュニティがあるだけで、誰でも生きやすくなると思う。そのためには、まずは自分からギブしていくって姿勢が大切なんじゃないでしょうか」

MKN(武蔵小山ネットワーク)
武蔵小山在住者を中心に活動するコミュニティ。「風邪をひいたときにお粥を持っていける関係性」をミッション に、メンバーで農業をする農民部、編み物など渋いことをMKNの女性メンバーで楽しむ初老部など、部活動と称して、メンバーが興味のあることに一緒に取り組む、ユニークな交流を行う。

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)
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