『らしさオンライン』に、「好きを大事に」というタグがあることにお気づきだろうか。仕事や働き方を選ぶとき、適性や勤務条件など判断要素はいろいろあるが、「好きだから」と言い切ってしまえたら、どんなにすがすがしいだろう。「発酵で楽しい社会を!」をスローガンに株式会社ファーメンステーションを立ち上げた酒井里奈さんは、人生の決断において、まさに「好きを大事に」してきた一人。「起業家だから特別」と思わずに、酒井さんの言葉に耳を傾けてほしい。そこにはきっと、私たちが「らしく」生きるためのヒントが隠されているから。

「これ、めちゃめちゃいい香りでしょ!」

「自分がいいと思ったことは人にすすめないと気が済まないタイプ」と自らを評する酒井さん。その酒井さんが、「これ、めちゃめちゃいい香りですよ」と嬉しそうに差し出したのは、自社のオリジナル商品『お米でできたアウトドアスプレー』だ。

「ディート(虫よけ剤などに使用される化合物)不使用で子どもや肌の弱い方にも安心」とナチュラル系のショップなどで話題になっているが、「すっごく香りがよい」(酒井さん)ので、アウトドアに限らず、ルームスプレーやリフレッシュフレグランスとしてもリピーターが多いという。

このスプレーに使われているのは、お米から作ったエタノール。エタノールというと、ツンと鼻をつく匂いを連想するが、お米のエタノールは、ほのかに甘い日本酒のような香りが特徴だ。

「岩手県奥州市で無農薬栽培されたお米に麹や酵母を加え、1週間ほど発酵させ蒸留して作ります。エタノールって、化粧品だけじゃなくいろいろなものに使われていますが、うちのように原料までこだわったエタノールは本当にめずらしい。エタノールを取った後のもろみ粕を配合した『洗顔石けん 奥州サボン』も、保湿効果が高く、うちの人気商品です」

テレビを見て、「これだ!」 そして銀行員から大学生へ

新卒で銀行に就職し、ずっと金融畑を歩んでいた酒井さん。

「銀行で学んだことはいまのビジネスにもめちゃめちゃ役に立っているのですが」と前置きしながら、「でも、もともとは私、人をびっくりさせたりおもしろがらせることが大好きなんです。銀行員時代は、連日深夜までの残業をこなしながら、『自分がやらなくてもいい仕事じゃないか』という気持ちがぬぐえなかった。ストレスで体調も崩しました。そんなこともあって、私だからできる、私が本当に打ち込める仕事がどこかにないかって、ずっとアンテナを立てていたんです」と振り返る。

そのアンテナに引っかかったのが、偶然テレビで見た「生ごみから燃料をつくる」話。それまでものづくりや化学とは無縁だったが、テレビに出演していた東京農業大学の教授の話に惹きつけられ、東農大への入学を、即座に決めたという。

「無駄なものがない社会になったらおもしろいなって思ったんです。お酒づくりと似ている技術だっていうから、ド文系の私でもできるかなって。それまで鬱々していた反動で、『これだ!イェーイ!』って飛び込んじゃいましたね(笑)」

先は見えない。でも、私がやるしかない。

東農大の卒論で手掛けたのは、「稲わらからエネルギーをつくる」。そのつながりで、奥州市の米農家が中心となって立ち上げた地域資源循環プロジェクトにコンサルタントとして参加したのが、起業のきっかけだ。

休耕田で育てたお米からエタノールを作り、さらにその時に出るもろみ粕を家畜のえさに活用するという新たな産業創生を目指すプロジェクトは、2010年から実証実験がスタート。3年後、実験が終了した時点で、酒井さんはこの事業をまるごと引き継いだ。

「売上げの目途も立たないし、市場も見えない。でも、私が手を挙げないと実験だけで終わってしまう。すでにえさを頼りにしてくれる養鶏農家さんもいたし、止めるなんてできないと思ったんです」

ずっと応援してくれていた夫の、「技術もできているし装置もあるんだから、やればいいじゃん」という一言にも背中を押されたという。

いつかシャネルの香水に、1滴使ってもらえたら

いま奥州市では、ファーメンステーションのラボを起点に、資源循環のサイクルが回っている。もろみ粕を食べているニワトリの卵は地域での人気の卵になっていて、その鶏ふんを肥料にして地元の田んぼに施すといった流れも。

「発酵飼料で腸内環境が整うから、良質な卵ができるし、鶏ふんの質もよいんですって。でも私が考えついたのは、もろみ粕をえさとして使うというところまで。卵に付加価値がついたり、その卵でお菓子を作ったり、鶏ふんを田んぼにまいたりといったことは、みんな仲間たちがやっていることなんです」と愉快そうに話す酒井さん。

「何か枠がどんどん外に広がって、私の想像を超えた展開になっている。ワクワクしますねぇ」

エタノールの生成には、お米以外にも果物のしぼり粕や茶粕、コーヒー粕など、幅広い原料が使える。奥州市をモデルに、未利用資源を活かしたプロジェクトが各地で生まれる希望も見えてきた。

「最終的には、サスティナブルな原料メーカーとして、シャネルの香水に1滴でもいい、うちのエタノールを使っていただくことが、夢。そうしたら、すごいメッセージになると思いませんか?」

「おもしろいね」が、最大のほめ言葉

未利用資源の活用でゴミゼロ社会を目指すファーメンステーションの事業は、まぎれもなく社会課題解決型ビジネスだ。けれど、酒井さん自身は「ソーシャルアントルプレナー」と呼ばれるのを好まない。

「だって、私は、みんながびっくりするのが楽しいからやっているだけ。『休耕田で~』とか『地域活性の~』とかストーリーとして話はしますが、“農家のためにがんばっている人”みたいに言われると、ちょっと違うんだけどなぁって思う」と苦笑する。

以前、メンターに「おせっかいで、よかれと思ったことは周りに伝えないと気が済まないいたずらっこ」と自身を分析され、とても腑に落ちたという。

「『これいいでしょ。使ってみなよ』が、たぶん私の原点。『おもしろい』ってほめられるのが、一番うれしいかな」

家では小6の男の子と小3の女の子のママでもある酒井さん。出産、育児をしながらの起業や経営には苦労もあったのでは、とたずねたときも、「挫折しそうになったこと?全然ないですね。ま、家族が偉いんですけど」とさらりと返ってきた。おもしろいことは家族とも共有したいから、子どもたちにも仕事の話をバシバシするし、ときには奥州市のラボにも連れていく。

「夏休みになると自由研究が大変でしょ。でもうちは、『お米からエタノール』というテーマがあるから、ばっちりです」

社会のためとか、人のためとか、肩ひじは張らない。おもしろいからやる。好きだから、困難があってもくじけない。でも、もしそれが社会の課題を解決するのに役立つことだったら、なお気持ちがいいし、力が入る。それが酒井さんの「らしさ」だ。

「好きを大事に」する人は、ぶれない。「好きを大事に」できる人は強い。

株式会社ファーメンステーション
代表取締役 酒井里奈さん

発酵技術を中心としたバイオマス事業と、商品開発やデザインコンサルなどを行うクリエイティブ事業の2つの分野で事業を展開。バイオマス事業では、原点である「発酵技術」を生かし、農業、商業、畜産など多岐にわたる地域に根ざした循環プロジェクトの展開、小スケールで自立可能なシステムを開発している。クリエイティブ事業では、自社商品でのブランディングから商品開発のノウハウを活かし、国内外の地域活性につながる商品やブランド開発に関わる製作サポートを行う。
ファーメンステーションとは、発酵(fermentation)と駅(station)を合わせた造語。

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)
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