急激に高齢化が進む日本で、ますます重要度が増している「介護」。誰にとっても他人事ではない課題だが、いざ現実に直面するまで、なかなかリアルに考えにくいテーマでもある。今回は、15年近くプロとして介護に携わってきた高橋 里恵子さんの職場に訪ね、介護とはどういう仕事なのか、利用者にどう関わっているのかなどを聞いてみた。これを機に、いつ自分ごととなるかもしれない「介護」について、少しでも理解を深めていただけたら幸いだ。

20代前半で介護の道へ転身。「とにかく楽しかった」

高橋さんの職場は、埼玉県戸田市にある特別養護老人ホーム「いきいきタウンとだ」。こちらに勤務するようになって10年以上になるが、高橋さんが介護職に就いたのは、それ以前、まだ20代の前半だったという。

「もともと保育士とか看護師とか、人の助けになるような仕事に就くのが夢だった」という高橋さん。学校卒業後、しばらくは電話のオペレーターなどをしていたが、ほどなく介護職への転身を決めた。

「おばあちゃんっ子だったというのもベースにありますね。祖母はまだ元気だったのですが、それでも間近で見ているとどんどん弱っていくのがわかって、何かしてあげられることはないかなと。私が介護のスキルを身につければ、いずれ祖母のお世話ができる、と思ったのです」

「きつい」「つらい」という言葉で語られがちな介護の世界。若者が憧れるような華やかさともほとんど無縁だ。けれど、何も知らずに飛び込んだ高橋さんにとっての現場は、「とにかく、楽しかった」と、当時を振り返る。

「利用者さんとお話しているとワクワクしました。“高齢者”とひとくくりにはできない。一人ひとりが、それぞれ豊かな経験をもつ人生の先輩なんです。その方の歩んできた道のりに触れることができるのが、喜びでもあり楽しみでもありました」

本人の「できること」を奪わない

介護といえば、入浴、排せつ、食事など、日常生活のお世話をする仕事というイメージが強い。ところが、いま、介護職に求められる役割は大きく変化しているという。

介護保険法が基本理念としてうたっているのは、「自立支援」と「尊厳の保持」。たとえ要介護の状態であっても、本人の持てる力をできるだけ保ち、誇りをもって暮らし続けていけるように支援するといった姿勢が重視されているのだ。

「ご本人のできることを奪わない、ということを常に意識しています」と高橋さん。「誰でも、なるべく人に頼りたくない、自立したいという気持ちがある。私たちだってそうですよね。着替えや食べることも、時間がかかっているとつい手を出したくなりますが、じっと見守り、その上で、むずかしいところだけお手伝いさせていただくようにしています」

相手の気持ちに寄り添ってこそ、「らしさ」を引き出せる

その人らしい生き方や生活のこだわりを大事にし、笑顔を引き出せるようにサポートする介護。それを実践するうえで心掛けているのは、相手の声に耳を傾けることだ。

「正直に言えば、若いうちは、相手の気持ちに寄り添うなんて考えもしなかった」という高橋さん。けれど、いくらこちらがよかれと考えたことも、一方的に押しつけてしまっては「よいケア」とは言えない。経験を積むうちに、よいケアとは、まず、相手の話をそのまま受け入れ、信頼関係を築いたうえでこそ成り立つものだと知る。

高橋さんは、印象に残っている利用者とのエピソードを教えてくれた。

「以前、夜眠れなくて辛いとおっしゃる女性がいたんです。その頃は夜勤もしていたので、ある晩、ちょっと可愛いお菓子を、体に影響がない程度ですが、こっそりお持ちして、いっしょに食べながらいろんなおしゃべりをしました。昼間はなかなか一人の方とゆっくり過ごすということはできないので、その晩は、何か特別な時間でしたね。私自身もすごく楽しかったし、その方のうれしそうな顔が忘れられません」

眠れずに心細い思いを抱えていたその女性にとって、そっとそばに寄り添ってくれる高橋さんの存在は、どんなに安心だったろう。

「ご家族でないからできることもあると思います。ご家族だといろいろな事情や感情があるでしょうから。私たちは、いまここにいる利用者さんだけに向き合ってお話を聴く。そこはプロだからこそ、と自負しています」。

娘に誇れる仕事をしたい

一昨年女の子を出産し、今年4月に復職を果たした。仕事と育児でてんてこ舞いの毎日だが、子どもをもったことで、仕事に対する意識が少し変わったという。

「将来、娘に『ママ、何の仕事をしているの?』って聞かれたときに、胸を張って話せるようになりたいんです。長く続けていて、ややマンネリに陥っていた時期もあるのですが、いまは、積極的にスキルアップや意識改革をして、もっともっとよいケアを提供していきたいと思っています」

じつは、20代で介護職に就いた頃、周囲の友だちに仕事のことを内緒にしていたという高橋さん。

「仕事自体は楽しかったのですが、理解してもらえるような気がしなかった。世間的には、きついとかきたないとかのイメージがあるので、自分でも何か恥ずかしいって思っちゃったんですね」と苦笑する。

いまは、仕事に誇りを感じていると、きっぱり言い切ることができる。

「人の命と密接に関わっているので、後悔したり悲しい思いをすることも多いのですが、一度も辞めたいと思ったことはありません。利用者さんやご家族の笑顔を見たり、『ありがとう』って言葉をいただくと、まだがんばれるって思う。天職ですね、きっと」

理解が深まれば、不安は和らぐ

いま誰かを介護している人、また、いずれ何らかの形で介護に携わることになるだろう人に対し、「介護する側もされる側も、無理しないやり方を探してほしい。決して一人で抱え込まないでください」と高橋さん。

介護の必要性があると感じたら、まずは、市町村の専用窓口や地域包括支援センターに相談する。家族でしっかり話し合い、やるべきことをシェアするほか、近所や知人などできるだけ幅広く協力を仰ぐことも大事だ。

さらに、高橋さんからの提案がもうひとつ。それは、介護のスキルを、最小限でいいから身につけること。初めて親になるときに、多くの人は、赤ちゃんや育児についての知識を一所懸命得ようとする。介護についても、同じように勉強してみようというのだ。

「漠然とした不安というのは、わからない、知らないというところから生じるもの。事前に介護に触れた経験があって、ちょっとしたコツを身につけているだけで、体力的にも精神的にも負担感がまったく違うと思います。もちろん親御さんのためにもなるし、ご自身の不安も減る。いざという時も、あわてずにすむのではないでしょうか」

特別養護老人ホーム「いきいきタウンとだ」
介護職員 高橋 里恵子さん

「いきいきタウンとだ」は、社会福祉法人ぱるによって、2005年4月に開設。要介護1~要介護5に該当する約90名が入居している。
高橋さんは、他のデイサービス、訪問入浴、病院内介護などを経て、2009年に同法人に入所。「仕事をしながら資格がとれるところに惹かれた」という。2017年11月に出産し、2019年4月、育休から復職。パートナーも同業者。

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)
カメラマン:上澤 友香(うえさわ ゆか)

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