疲弊するマネジャーを解放せよ。現場が回る「DXの右腕」の生み出し方

DXやAI活用への期待が高まる一方で、「ツールは増えたのに仕事が減らない」「管理職ばかりが疲弊している」といった声が上がっている企業も多いようです。本来、生産性向上や業務改善を目的として導入されたはずのITツールが、なぜ現場の負担を増やしてしまうのでしょうか。
数多くの企業・自治体・官公庁を支援してきた組織開発・共創デザイン専門家の沢渡あまねさんは、その背景にある「名もなき仕事」の可能性を指摘します。現場の疲弊を生み出す構造とは何か。DXを組織の成長につなげるために、どのような役割設計が必要なのか。沢渡さんに聞きました。目次
便利になるはずのDXで、なぜか現場は忙しくなり続けている
——沢渡さんは多くの企業のDX推進や組織変革を支援されています。組織のマネジャーが疲弊している現場を目にすることはありますか。
常に見ていますね。
マネジャーという立場は本当に大変です。多方面から、さまざまな仕事や期待が降ってきます。メンバー育成もありますし、コンプライアンスやガバナンスの知識を身に付けて現場に浸透させる役割もあります。ただでさえ業務量が多いところに、今ではDXやAI活用まで求められてオーバーフロー気味になっています。
そんな姿を見ている若手社員が、「管理職にはなりたくない」と守備モードに入ってしまうケースも少なくありません。

沢渡あまね
作家・企業顧問/組織開発&共創デザイン専門家。
あまねキャリア株式会社 代表取締役/一般社団法人ダム際ワーキング協会代表、 『組織共創ラボ』『あいしずHR』『読書ワーケーション』『越境学習の聖地・浜松』主宰。磐田市“学び×共創”アンバサダー。大手企業 人事部門・開発部門、食品製造業ほか顧問。プロティアン・キャリア協会アンバサダー、DX白書2023有識者委員。
日産自動車、NTTデータなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。500以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。主な著書:『チームプレーの天才』『新時代を生き抜く越境思考』『組織の体質を現場から変える100の方法』『「推される部署」になろう』『バリューサイクル・マネジメント』『職場の問題地図』。
趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者。
——DXやAI活用は、本来であれば業務を効率化し、現場を楽にするための取り組みです。それにもかかわらず、なぜ現場では仕事が減らないのでしょうか。
理由は大きく2つあります。
1つ目は「ITのための仕事」が増えるからです。DXやAI活用というとツールを導入することに注目が集まりがちですが、実際には導入後にさまざまな仕事が発生します。ツールを理解してチームに展開し、環境設定や教育、セキュリティ対応まで担う。ITを活用するためのお膳立てが必要なのです。
しかし現場のマネジャーからは「そもそもITに触れる時間がない」という声もよく聞きます。目の前には高い目標があり、不測の事態にも対応しなければいけません。そうした状況の中で新しいツールを理解し、チームへ浸透させる負荷までマネジャーが請け負うのは酷だと思います。
——もう1つの理由は何でしょうか。
従来の仕事が減らないことです。
DX推進の現場では、時として奇妙なことが起きます。営業管理ツールを導入したにもかかわらず従来の方法でも顧客分析を続ける。生成AIを導入したにもかかわらず従来と同じやり方で資料をつくる。勤怠管理システムの導入に至っては紙での管理も並行して行うケースもあります。そうした二重業務の一方で、ツールを使った実績は残す。つまり「DXのためのアリバイづくり」をしているわけです。
このように、DXをやったことにするための作業が増えてしまうと、従来の仕事が減らないまま、現場には新しい仕事だけが積み上がっていきます。
——こうした状況が続く背景には、共通したパターンがあるのでしょうか。
運用負債が積み上がる組織には、3つの共通パターンがあります。
1つ目が「やめることを決めていない」こと。新しいツールを入れたなら古い仕組みは不要のはずですが、役割を終えたツールや業務を手放す習慣がない組織では、古いやり方がそのまま残り続けます。
2つ目が「目的に立ち返る習慣がない」こと。そもそもこの仕事は何のためにやっているのか。その問いを立てて合意形成していくリードができる人がいないと、気づけば誰も必要性を感じていない業務が残り続けます。
3つ目が「誰かのボランティアへの依存・属人化」です。この3つが重なることで、運用負債は積み上がり続けるのです。
「善意の個人」への依存が、疲弊をさらに増幅させる
——DX推進の現場では、責任感の強いマネジャーがさまざまな仕事を抱え込み、「自分がやるしかない」と疲弊しているケースも少なくありません。この構造をどう見ていますか。
非常に重要なポイントですね。私はマネジャーをはじめとした誰かが抱える「名もなき役割」を放置してはいけないと考えています。
IT関連では、気の利く人が善意でやってくれていることが本当に多いんです。運用ルールづくりや問い合わせ対応、アカウント管理など、誰かが自主的に引き受けてくれているから回っているだけで、その人が異動したり退職したりすると、途端に立ち行かなくなるでしょう。つまり、ボランティアによって支えられている状態なんですよね。
——このような状況の背景には、経営層と現場の「見ている景色のずれ」もあるように感じます。
まさにそうです。組織の景色は、悪気なくずれていくんですよね。日々のルーチン業務には自然と対話が生まれますが、新しいことや変化に関しては、誰かが仕切らない限り階層間・部門間の景色がすれ違ったままになります。
たとえば経営層が「AI活用だ、DXだ」と言っても、現場からすれば「何それ?」という状態になることも少なくありません。逆に現場ではちょっとしたデジタルツールを導入して楽になっている部分があっても、見ている景色の粒感が違うから、かみ合わないわけです。
——こうした状況を放置すると、組織にはどのような影響が生じるのでしょうか。
私は、組織と個人の両方に成長リスクがあると思っています。
まず組織側のリスクです。経営層が「AIを活用しよう」「DXで新しい価値を生み出そう」と言っても、現場が誰かの善意に頼りきり、アリバイづくりの作業で精一杯になってしまうと、本質的な変化は起きません。
本来DXで目指すのは、AIを使って業務を変えたり、データを活用して新しいサービスを生み出したり、新たな収益源をつくったりすることのはず。しかし、現場が日々の運用で手いっぱいになってしまうとそこまでたどり着けません。
——個人側のリスクとは?
マネジャーがあふれた仕事を引き取り続けることで、いつまでもプレーヤー業務から脱却できなくなります。
本来、マネジメントの重要な役割は未来と向き合うことです。これから何を変える必要があるか。どんな新しい価値を生み出していくか。社会や市場の変化にどう対応するか。そうした問いを立てることこそがマネジャーの仕事です。ところがマネジャーが運用負債の処理に追われ続けると、未来に向けた問いを立てる時間が失われてしまいます。
——これはマネジャーだけでなく、メンバーにも影響がありそうですね。
はい。マネジャーが変われなければ、メンバーも変われないでしょう。新しい仕事をなかなか経験できず、スキルを習得する機会もないままでは、キャリアの選択肢そのものが狭まってしまいます。
企業を取り巻く環境は確実に変わり、これまでと同じ仕事のやり方だけを守り続けることは難しくなっています。それにもかかわらず変化の機会が与えられない職場では、将来への不安を感じる人が増えていくでしょう。いわゆる「静かな退職モード」に入ってしまうのは、そうした人たちではないでしょうか。
名もなき役割を可視化した「ファシリーダー」というポジション
——では、マネジャーの負担を軽減しながらDXを定着させるために、組織としてどのような取り組みが求められでしょうか。
私は、これまで誰かの善意に依存していた「名もなき役割」に、名前をつけることが重要だと考えています。その代表例が「ファシリーダー」「業務デザイナー」「ライトPM」です。役割に名前を与え、ポジションとして明確化するということですね。
まずファシリーダー(ファシリテーター+リーダーの造語)ですが、これは単なる進行役ではなく、経営と現場、部門と部門、人と人の間に立ち、それぞれが見ている景色を合わせる役割です。それぞれが何を考えているのか、どんな関心を持っているのか、何に困っているのかを理解したうえで、共通のゴールへ向かう対話を設計していく推進者です。
私が整理しているファシリーダーの役割には、「観察」「対話」「期待役割の合意形成」をはじめ、「ビジョニング」「ストーリー設計」「偶然設計」「環境セットアップ」といった要素があります。

出典:©あまねキャリア株式会社
——詳しく教えてください。
まずは観察です。現場では誰が影響力を持っているのか。どんな言葉を使えば相手は前向きに参加してくれるのか。どこに不安や抵抗感があるのか。そうしたことを丁寧に見ていく必要があります。
次に対話です。組織課題を一方的に説明するのではなく、相手の関心事やコンディションに応じて対話を設計していきます。経営層と現場では、響く言葉も問題意識も違います。だからこそ、一人ひとりに合わせたコミュニケーションが必要なのです。
そして期待役割の合意形成です。経営層には何を担ってもらうのか、管理職には何を期待するのか、現場メンバーにはどう動いてもらいたいのか。これらを曖昧なままにすると、また誰かが名もなき役割を抱え込むことになります。
さらに重要なのがビジョニングです。「誰のためにやるのか」「何のためにやるのか」を繰り返し確認し続け、目的に立ち返る場所をつくることが大切です。
また、変革の成果を周囲へ伝えるストーリー設計も欠かせません。どんな変化が起きたのか。どんな価値が生まれたのか。それを伝えることで、次の変化が起こりやすくなります。
私は「偶然設計」という言葉も使っています。たとえば生成AIを導入した結果、本来想定していなかった業務改善のアイデアが生まれることがあるでしょう。そうした偶然の価値を拾い上げ、広げていくことに意味があります。
そして最後が環境セットアップです。変革は人の行動によって生まれます。だからこそ、行動しやすい環境づくりが必要なのです。小さな対話会を開く、相談しやすい場をつくる、新しいツールを試しやすい環境を整えるなど、現場のメンバーが参加しやすい状態を実現していきたいですね。
——ファシリーダーには非常に多くの役割がありますね。
ここで誤解してほしくないのは、「すべてを1人でやらなくてもいい」ということです。むしろ1人でやろうとするから失敗するのです。
観察が得意な人、対話が得意な人、場づくりが得意な人、プロジェクト管理が得意な人。それぞれの強みを持ち寄りながら、チームとして変革を進める体制を整えることが大切です。
私はこれを「リーダーシップの民主化」と呼んでいます。今はもう、特別なカリスマやハイパフォーマーが変革を起こす時代ではありません。一人ひとりが持つ強みを組み合わせながら、チーム全体でリーダーシップを発揮することが重要なのです。
やりきる力を組織に与える「業務デザイナー」「ライトPM」
——ファシリーダー以外の役割についても教えてください。
業務全体を俯瞰しながら、人とAIの役割分担を再設計する存在として「業務デザイナー」のポジションが重要だと考えています。自動化に適した領域と人が介在することで深い価値を生み出す領域とを見極め、全体最適の視点から業務を見直していきます。
そして「ライトPM」人材も重要です。プロジェクトマネジャーに求められる役割のうち、テーマをタスクごとに分解し、スケジュールへ落とし込み、進捗を確認するという仕事を担います。一見すると地味な仕事に思えるかもしれませんが、こうした役割がいないとプロジェクトは前へ進みません。
私はさまざまな企業の現場を見ていますが、IT領域に限らず、PM機能そのものが不足しているケースが非常に多いと感じています。新規事業でもDX推進でも、最後に必要になるのは「プロジェクトを遂行する力」です。その意味でも、業務デザイナーやライトPMはこれからますます重要になるでしょう。
——こうした役割に名前がつき、重要ポジションとして認識されること自体にも大きな意味がありそうですね。
はい。名前がつくことで、新たな専門性として認知されるようになります。
たとえばデータサイエンティストというポジションは、今では多くの企業に欠かせない専門職として認知されていますが、昔は単に「データに強い人」だと思われていました。データサイエンティストという名前がついたことで、新しいキャリアの歩み方が生まれたのです。
ファシリーダーも、業務デザイナーも、ライトPMも同じです。名前がつくことで学ぶ理由が生まれ、キャリアの方向性が見えるようになり、リスキリングの動機付けにもつながるでしょう。
——ただ、こうした役割を担える人材を社内だけで見つけるのは難しいかもしれません。
その場合は外部人材を活用するという選択肢もあります。その際に重要なのは「職種ベース」ではなく「能力ベース」で考えることです。
私は著書『チームプレーの天才』の中で、ファシリーダーや業務デザイナー、ライトPMに求められる35の共創力を体系化しました。観察力・対話力・発信力など、組織の変革を推進するために必要な能力を分類したものです。この能力分類を一つの基準にしていただけるのではないでしょうか。

出典:©あまねキャリア株式会社
これらすべての能力を1人に求める必要はありません。大切なのは、自社に足りない能力が何なのかを見極めることです。業務設計ができる人が足りないのか、プロジェクトを前へ進める人が足りないのか。そうした不足能力が明確になれば、社内で育成するのか、外部人材に協力してもらうのかといった判断もしやすくなります。
まずは「やめたいこと」を宣言してみるだけでもいい
——最後に、DX疲れから抜け出し、組織をよりヘルシーな状態へ近づけるために、マネジャーが明日からできることを教えてください。
泥臭くて、青臭い話かもしれませんが、私は「夢を語ること」だと思っています。
いきなり夢を語るのが難しければ、まずは「やめたいこと」を宣言してみてください。忙しすぎるから少し休みたい。会議を減らしたい。クレーム対応ばかりの日々を変えたい。そんなことでも構いません。
むしろ、そこはエモーショナルでいいんです。AIは感情を持てません。でも、人が共感するのは人の感情です。部長同士や課長同士、鎧を脱いで安心して夢を語る場をつくるのもいいと思います。そうしてやめたいことが見えてくると、そのために何を変えるのが大事かが見えてきます。
おそらく多くの組織に、誰かがボランティアのように担っている役割があるはずです。その仕事は、本当に「名もなき役割」なのでしょうか。実は、まだ名前が付いていないだけの重要なポジションなのかもしれませんね。