数年前まで「何かに挑戦してもうまくいくはずがないだろう」という価値観で生きてきたという上野郁美さん(38)。ところが、今は会社を辞め、子育てをしながらフリーランスのライターとして活動している。今年、企画・編集協力として携わった書籍『子どもの性同一性障害に向き合う~成長を見守り支えるための本~』も発売された。どんなふうに、価値観が変わってきたのだろうか。その変遷をうかがった。

「好きな仕事をやってもいいんだ」と思えた

大学を出てからしばらくは、正社員として企業に勤めていたという上野さんは、結婚して二人の子どもに恵まれる。そのまま、仕事と子育てを両立しながら、特に大きな変化もなく生涯を終えるのかと思っていたという。

「変化のきっかけは、簡単に言うと子育てにつまずいたこと。仕事にやりがいを見出せず、子育ても苦手。それでも耐えるのが人生だと思っているようなフシがあったのですが、上の子がイヤイヤ期に突入すると、自分もイライラして、子どもに当たってしまうことがありました。その時ふと『私はこんなに我慢してるのに!』という言葉が頭に浮かんだんです。結婚も子どもも私が望んだことなのに、我慢しているって一体なんなんだろうと……。このままでは子どもにとってもよくないと、そこから試行錯誤が始まりました」

カウンセリングにも通い、バランスを取り戻そうと試みた。するとカウンセラーから仕事への提案をもらったのだという。

「もともと子どもの頃から自分に自信がなく、『傷つくくらいなら、無謀な挑戦はしないほうがいい』というタイプでした。ところがカウンセラーの方に、『自分の好きな方法で、楽しく生きることだってできますよ』と言われたんです」

その言葉を聞いても、上野さんは懐疑的だった。好きなことで生きていくなんて、才能のある限られた人だけなのでは?そう思い込んでいたのだ。ところが話をするうち「自分に才能があると思って動かなければ、何も変わらない」と思うようになってきた。

ライターを目指すも、周囲には「無謀」と言われる

それからは、世の中が違う色に見えたという上野さん。閉ざしていた可能性がいきなり開け、遠くまで見渡せるようになった瞬間だった。子どものころから文章を書くことが好きで、大学も文芸学科だったこともあり、本格的に文章を書く道に進みたいと思うようになる。

「いきなりライターになるなんて無謀だと、たくさんの人から言われました。まずは、ブログで発信するなど、土台を作ってからの方がいいのではないかとも……」

ところが、子どもを保育園に預け、時短勤務で働いている当時の状況では、土台を作るための時間があるとは到底思えなかった。それならと、会社を辞めることを決意する。

辞めた後は、編集プロダクションの知り合いに、アルバイトとして週3日で雇ってもらったり、友人経由で仕事をもらったりしていたという。

上野さんの行動力は、これだけではない。実現したい企画を直接出版社に持ち込み、書籍化にこぎつけたのだ。

「さまざまな出版社に持ち込みましたが、最初はなかなかうまくいきませんでした。ライターの学校に行って知り合った講師の方に出版社を紹介していただき、そこから書籍化が実現したんです。作業は思った以上に大変でしたが、周囲からの反響は大きかった。性同一性障害というテーマも、関心を向けてくれる人が多かったですね」

派遣の仕事や、稼ぐための仕事を組み合わせて

書籍の仕事がひと段落し、ライターの仕事の合間には派遣スタッフとして週2日就業した。1か月の契約が終了すると、今度はウェブサイトを中心にライターとしての活動を再開する。自分が目指す高みには登り切れていないものの、上野さんが心がけていることがあるという。

「自分が何をやりたいのかという軸をきちんととらえること。もちろん今は100%やりたい仕事ができているわけではありませんが、自分の目指すところはどこにあるのか常に意識するようにしています。なんでも闇雲にできないことを『できる』と言ってしまうと逆に信頼をなくしてしまいますし、軸がぶれ自分も苦しい。自分の等身大で、自分らしく発信をしていきたいですね」

仕事も母業も同じだ。「いい母」になろうとせず、苦手なことは無理にやろうとしない。今は料理がどうしても苦手な上野さんに代わって、帰宅の早い旦那さんが食事を用意しているのだという。

これからは、興味のある福祉関係の知識やライターとしての技術を勉強し続けたいという。刺激し合える仲間に出会えるよう、オンラインサロンなどでも活動している。NPOの活動も積極的にしていくつもりだ。新たな価値観を手に入れ、試行錯誤しながらも、変わる前の自分では想像もつかなかった未来を作っていくのだろう。

ライターになるときにそろえた一式

「形から入るタイプ」という上野さんは、ライターに転身したときに買いそろえた仕事道具が愛用品。ひとつはボールペン。銀座の伊東屋で名前を入れてもらったもの。大好きなキャラクターの絵が入ったノートと共に、取材のお供となっている。特に、ノートは表紙と裏表紙が厚いボール紙なので、立ったまま取材するようなシーンで活躍する。

パソコンはSurface Laptop。家では集中できないだろうと思ったため、軽量で持ち運びしやすいのが第一条件だった。カフェなどで原稿を書くことが多いそう。パソコンが入る条件で探したのが、少々奮発したバッグ。口が開いていて使いやすいことが決め手となった。

これらの「ライター道具」を持ち運び、取材に、原稿執筆にと、日々邁進している上野さんだ。

ライター:栃尾 江美(とちお えみ)
カメラマン:坂脇 卓也(さかわき たくや)
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