ちゃんとしたものが食べたい、でも料理にかける時間もワザもない、今日もできあいのお惣菜に頼ってしまった……日々忙しく頑張っている人ほど抱きがちなジレンマや罪悪感をていねいにすくい上げ、おいしくてヘルシー、かつ手間の少ないレシピ提案でエールを送り続けてきたスープ作家の有賀薫さん。その有賀さんが、「食べることをもっとラクに、もっと豊かにしたい」と、つくる、食べる、洗う、片づけるを一体化した“ごはん装置”「ミングル」をつくった。私たちのこれまでのくらし方を根本から変える可能性を秘めた新しい試み、「ミングル的生活」とは?

みんなで役割をグルグル回す。だから「ミングル」

中央にIHコンロがついた95cm角の調理台兼食卓、丸いシンク、食器洗浄機、そして上下水道。これらを1つにまとめた「ミングル」は、どこか近未来的なたたずまいながら、有賀さんの自宅リビングの、木材をふんだんに施したナチュラルな空間にすっとなじんでいる。

ここで調理して、ここで食べる。食べ終わった器はシンクでさっと汚れを落とし、食洗機へ。食まわりの機能がすべて集中しているから、動線がとてもシンプル。そして、コミュニケーションが生まれやすい。

「最初に思い浮かべたのは、キャンプ場の光景でした。キャンプのときって、男性も子どもも自然に料理に参加しているじゃないですか。キャンプみたいな、つくることも食べることもみんなから等距離っていうのがいいな、その感じを家に持ち込めないかなって考えたんです」

女性も男性も、大人も子どもも、わいわい言いながら「つくって食べる」をともにする。

「ミングルって愛称は、若い設計士さんが探しあててくれたんです。元々シェアハウスを指す言葉ですが、混ぜるとかシェアするという意味もあります。聞いた瞬間、『これしかない!』って思いました。語感が可愛いし、みんなでグルグルと役割を回すみたいな感覚がぴったりだなって」

「キッチン」と呼びたくない理由

そもそも有賀さんは、なぜ、自宅にミングルをつくろうと思い至ったのだろう。

「何でも簡略化、効率化のほうに進んでいくのが世の流れ。それは止められないでしょう。でも、健康や生活の質ということを考えたら、やっぱり家での食事を大事にしてほしいと私は思うんです。それを両立させるにはどうしたらよいのか。私自身の生活のためというより、これからの時代のくらし方を試行錯誤しているうちに、ここに行き着きました」

どんな最新式のキッチンにも、「キッチンとはこうあるべき」という旧態依然のすり込みがあることを感じていたという有賀さん。

「たとえば、今でもほとんどのキッチンが、仕様もデザインも女性向けです。料理は、女性が一人で家の隅のほうでするものというイメージが前提にあって、つくる人と食べる人が分断されてしまっています」

家事や子育てに積極的に関わろうとする男性はたしかに増えているが、キッチン自体、男性が入りやすい場所になっているとは言いがたい。仕事柄、料理に対する責任を一人で抱え込んで悩んでいる女性に接することも多く、もどかしさを覚えていた。

「新しい技術もいろいろ開発されているのに、いまだに、キッチンの悩みはそこなのかと。もう、住宅メーカーや家電メーカー任せにしてはいられない。私たち生活者のほうから、『こうありたい』というくらしのイメージを発信していかなくては何も変わらない。そう思ったんです」

家庭料理をもっと肩の力を抜いたものに

家事をシェアしやすくするのと同時に、有賀さんは、家庭料理の敷居を低くすることも、ミングルのミッションに据えた。

「ためしに、SNSで“#家庭料理”と検索してみてください。すごいことになっています。パーティ料理みたいな複雑で華やかな料理ばかりでしょ。これをみんなが家庭料理だと信じ込み、『こんなことは私にはできない』と料理そのものをあきらめてしまっているとしたら、すごくもったいないですよね」

だからミングルは、仕様を極力コンパクトにし、あえて「やれること」を制限した。揚げ物はむずかしいし、強火でジャカジャカ炒めるような中華も向かない。なかなか手の込んだことはできないが、逆に、これなら、肩の力を抜いて料理に向き合えそうだ。

「ここでさっと厚揚げを焼くだけで、しょうがをおろして、ちょっとおしょうゆたらせば、充分おいしいんですよ。キャベツを蒸して、バターを落としておしょうゆかけても最高」と有賀さん。そう言うそばから、調理台にフライパンを置き、トマトを焼き始めた。目の前でジュウジュウという心地よい音を立て甘い香りを放つ真っ赤なトマトの、なんとおいしそうなこと!

有賀さんのスープは、工程がシンプルで、素材の味を大事にしたものが多い。

「手間をかけなくても、栄養やら見ためやら面倒なことを考えなくても、野菜をたっぷり取り入れたスープを食べているだけで、自然に体は整っていく。そんなくらしって、クリエイティブでとても豊かだと思う」と有賀さん。「ミングルで発信していきたいのも、スープの延長線上にあるそういうくらしの価値観なんです」と言葉に力を込める。

家のごはんが、「らしさ」を支える力になる

東京の真ん中で、同じ敷地に6軒の親族がくらす、いわば大家族の中で育ったという有賀さん。子ども時代を振り返ったときに真っ先に思い浮かぶのは、実家の大きなダイニングテーブルだ。

「常にそこにはだれかが座っていて、しゃべったり、食べたり、飲んだりしていましたね。私の根っこにあるのは、この食卓の風景。あたたかな食事とにぎやかな対話の記憶がどこかで私の支えになっていて、何があっても大丈夫って思えるんです」

これ自体は個人的な体験だが、スープの仕事を通して、日々の食の豊かさが人の生きるチカラに直結することを改めて実感しているという有賀さん。「家でつくって食べよう」と根気よく訴え続けてきたのは、食べることや手づくりの料理への深い信頼があるからだ。

「くらしを変えるというのは簡単なことではありません。実際、いますぐ自宅にミングルをというわけにもいかないでしょう。でも、私がミングルを通して本当に気づいてほしいのは、誰のくらしにも必ず価値があるということ。キッチンをダウンサイジングすることで、落ち着いて“私らしいくらし”について集中して考えてもらいたいのです」

最後に、有賀さんにたずねた。「家にミングルがなくても、できることはありますか?」

「もちろん! そうですね、たとえば、コンロを1つしか使わないようにするとか、3工程以上ある料理はつくらないとか、自分でやれる範囲を決めてしまったらどうでしょう。よく俳句にたとえるのですが、制限があるからこそイマジネーションがふくらみ、豊かさや奥行きが生まれるもの。料理もそれと同じ。苦手意識があってまず何から手をつけたらいいのかわからないという方にこそ、ぜひ、“ミングル的生活”をおすすめしたいです」

スープ作家 有賀 薫さん

スープ作家。家族の朝食に作り始めたスープが2019年9月で約2800日になる。簡単で作りやすいスープが人気に。著書『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』 で、第5回料理レシピ本大賞入賞 。ウェブ、雑誌、テレビなどでレシピや現代の食のスタイル改革を発信。また、家庭における家事や料理の合理化をテーマにイベント活動も行っている。2019年春、作ると食べるが一緒にできるごはん装置『ミングル』を自宅に制作。

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)
カメラマン:上澤 友香(うえさわ ゆか)
SPECIAL SITE
ABOUT

あなた「らしさ」を応援したいWorkstyle Makerリクルートスタッフィングが運営する
オンラインマガジンです。

JOB PICKUPお仕事ピックアップ

リクルートスタッフィングでは高時給・時短・紹介予定派遣など様々なスタイルの派遣求人をあつかっています

Workstyle Maker

『「らしさ」の数だけ、働き方がある社会』をつくるため、「Workstyle Maker」として働き方そのものを生み出せる企業になることを目指しています。