20代前半から、リュック1つで世界中を旅してきた田中幸恵さん(48)。これまでに巡った国は、53。日本にいる間、がっつり働いて資金を貯め、旅に出る――そんなサイクルが生活の軸になっていたが、コロナ禍で、新しい生き方を余儀なくされることに。訪ねた土地や人々と交流した記憶を胸に、田中さんはこの先に、どんな自分の姿を描いているのだろう。

*今回はオンラインで取材を行いました
*掲載しているお写真は、ご本人より提供いただきました

バックパッカーデビューは、タイ

現在、不動産関連会社の経理部門で派遣スタッフとして働く田中さんは、バックパッカー。アジアから中東、アフリカを中心に、長い場合、旅は数ヶ月に及ぶこともあるという。バックパッカーを始めた理由をたずねると、「もともと旅行が特別好きってわけではなかった。なんとなく、こうなってしまったという感じです」と、返ってきたのは、少し意外な答えだった。「北海道の田舎の出身なので、何年か働いたら、結婚して、子どもを産んで……いいも悪いもなく、そういうものだと思っていました」

北海道から上京し、「とくにやりたいこともなく」淡々と日々を過ごしていたという田中さん。その生活ががらりと変わったきっかけは、22歳で友人と行ったタイ旅行だった。ツアーだったが、初めて訪れたタイの景色は、強烈なインパクトを田中さんに与えた。

「それまで日本しか知らなかったので、こんな世界があるんだって、すごく新鮮でした。たとえば街を歩いていると、病人や手足のない人が普通に路上に座っている。それを見ても誰も何も反応しない。日本にもホームレスの人はいるけれど、ちょっと違う感じがした。どうしてこういう人がこんなところに寝ているんだろう、国や行政は対処しないのか、『どうして?どうして?』って、次々に疑問が湧いて止まらなくなっちゃったんです」

もう少し奥まで見たい、もっと深く知りたい――好奇心に突き動かされた田中さんは、帰国するやいなや次の旅の計画を立てた。今度も行先はタイ。でも今度は1ヶ月かけて一人で回る。それが、バックパッカーデビューだった。

「はじめはずっとタイに通っていました。でも、違う国に行けば、また違う景色に出合えると気づいて、どんどん旅の魅力にはまった。もっともっとと続けているうちに今に至る、みたいな感じです(笑)。その行動力はどこから?自分でもよくわかりません。でもいま思えば、北海道から東京に出てきたときのほうがずっと大変だったような気がしますね」

日本の当たり前は、世界の当たり前じゃない

「英語は、ほとんどできないんです」と苦笑する田中さん。旅先でのコミュニケーション手段は、もっぱら身振り手振りだそう。店で食事をしていれば気さくに話しかけてくるし、ときには家に泊まらせてもらうこともある。自由な一人旅ならではの、現地の人との生のふれあいを満喫してきた。決して治安のよい土地ばかりではなかったが、「気をつけるべきところはちゃんと気をつけていた」から、あまり怖い思いをしたこともないそうだ。

「居心地がいい」のは東南アジア、「景色が素晴らしい」のは中東やアフリカ。旅三昧の日々を振り返り、とりわけ印象深かった国はイスラエルだという。

「ユダヤ教、イスラム教、キリスト教……といろいろな宗教を信じている人たちが混じり合っている不思議な土地。日本の報道では、宗教間の対立とか戦闘とか、ただただ危険なイメージですが、実際に行って見るとちょっと違う。たとえば、アラブ人の店とユダヤ人の店が仲良く並んでいたりするんです。お互いに対する複雑な思いもあるでしょうが、共存しながらそれぞれの暮らしを営んでいるんだなぁって、興味をひかれました」

「海外に行くようになって視野が少し広がったかもしれない」と自己分析する田中さん。

「世界中に、本当にいろいろな人がいることを見てきましたから。日本では当たり前のことでも、ほかの国では全然当たり前じゃなかったりする。私は、日本で“ふつう”と言われるようなレールから外れているからか、変わり者扱いされることもあるのですが、そもそも“ふつう”って何でしょうね。自分自身も“ふつう”へのこだわりから少し解放されたような気がします」

当分海外には行けないけれど、いま、できることを

来年50歳を迎える田中さん。人生の半分以上、旅中心の生活を送ってきたことになる。ところが、コロナ禍で思うように旅はできなくなった。この状況をどう感じているのか――。今度も答えは少し意外なものだった。「私にとってはチャンスかもしれません」

バックパッカーを繰り返すうち、過酷な環境下で暮らす人たちのために何かしたいという思いが自然に湧いてきていた田中さん。「いつも一方的に親切にしてもらうばかりなので恩返しがしたくて。実際にはスキルもなく、その国々の言葉を話せない私にできることは、寄付やボランティアくらいなのですが……」

具体的なことはまだ模索中だが、海外に行けないこの時期を、何か海外とつながるような、海外の人の役に立てるような仕事なり活動なりの準備にあてられたらと考えている。

「コロナがなかったら、たぶんあのまま、ぶらぶらと旅を続けていたでしょう。それでもいいけれど、年齢的にもそろそろ次のことを考えなければと頭の片隅で思っていました。これもいい機会。コロナを私にとっての追い風にしたいですね」

バックパッカーは当分お預けだが、「いま」をこれからの人生のスタート地点ととらえ、次の1歩を踏み出そうとしている田中さん。田中さんの新しい旅のゆくえが、楽しみだ。

使い込んだバックパックは、かけがえのない「仲間」

冒頭に掲載した写真にも写っているリュックとは、バックパッカーを始めた頃から、世界中を共に旅した。田中さんは愛おしそうに「私の仲間」と呼ぶ。壊れるたびに直しながら大切に使っていたが、昨年、意を決し、新調した。旅に出るときの荷物は、これ1つのみ。背負ったまま半日くらい歩き続けることもあるから、極力身軽でいたい。「中身ですか……薬と着替え2、3枚。特別なものはありません。後は、現地で出会った人に渡すお菓子や人形などの手土産かな。『味ごのみ』ってお菓子がありますよね。これがどこでも受けるんですよ(笑)」
カラフルなマスクとマスクスプレーは、日々を少しでも明るい気分ですごせるようにと選んでいるもの。「通勤前、今日はどれをつけていこうかなとか考えながら、テンション上げています」

ライター:高山 ゆみこ(たかやま ゆみこ)

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