メタバース初心者であるライター(エミット)がVR内に入り、その世界の住人であるバーチャル美少女ねむさん(以下、ねむさん)にお話を伺っていきます。
最終回となる今回のテーマは「メタバース経済圏」。ねむさんは、メタバースの世界で今どのように稼いでいるのか。今後メタバース内で生まれる職業はあるのか。エンジニアとキャラクターモデラーの方にもゲストとして登場いただき、その実態に迫っていきます。
メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリスト。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から美少女アイドルとして活動している自称・世界最古の個人系VTuber。VTuberを始める方法をいち早く公開し、その後のブームに貢献した。歌手、作家など幅広く活動を展開。フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞など掲載歴多数。VRの未来を届けるHTC公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命されている。
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著書『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(2022)技術評論社
ねむさんが取材場所に選んでくれたのは、廃墟のようなワールド。空間が縦に長く、上がったり下りたり、落ちたりワープしたりできます。一目で見渡せないので、探索する楽しさや、「廃墟になる前はどんな場所だったのか」と想像する楽しさがありました。
▲今回取材を行ったワールド。縦長で空が遠くに見え、この下にも廃墟が広がっていた。
仮想通貨ではなく、リアル通貨による個人間取引が主体

今回は経済の話がテーマですが、エミットさん、メタバースの経済ってどんなものだと思いますか?

え……そうですね。今実現できているかは別として、近未来的には仮想通貨でやりとりするようなイメージです。

今いるVRChatの場合は、仮想通貨が実装されていません。一方で、私がよく使っている「NeosVR」では仮想通貨のやり取りが実装されていて、小銭を渡す感覚で仮想通貨の取引ができたりしますよ。とはいえ、実際には仮想通貨ではなく現実と同じお金でやり取りするケースが多いんです。
仮想通貨は素人には扱いづらいし価格変動が激しすぎて、まだまだ気軽には使いにくいんですよね。アマギフ(Amazonギフト券)や、銀行振込でやり取りすることがほとんどじゃないかな。
「メタバースの経済」というと、プラットフォームがユーザーに場を用意して、利用料とし何割かを受け取る、というビジネスモデルが語られがちです。スマートフォンアプリの延長線上にあるイメージですね。でも、住人同士が直接やり取りする「個人間経済」こそが、メタバース経済の本質だと考えています。
Amazonギフト券は、相手のメールアドレスを知っていれば、購入したAmazonポイントを送れるサービス。手数料などを引かれることがないため、少額であればよく使われるのだそう。ただし、ポイントからの現金化ができないので、高額の場合は銀行振込などが使われます。
*ギフト券等による対価の受け取りも収入となり、必要に応じた税務上の申告が必要です。
*(参考)「暗号資産に関する税務上の取り扱い及び計算書について」(国税庁)
*(参考)「NFTホワイトペーパー案20220330」(自民党デジタル社会推進本部 NFT政策検討PT)
エンタメ系の収入や、クリエイターへのオーダーが多い

ねむさん自身は、メタバース関連ではどんなことでお金を稼いでいるのでしょうか?

私は圧倒的にクラファン(クラウドファンディング)が多いです。先日これで資金を集めて、秋葉原の駅前の巨大ビジョンをジャックして、1か月間オリジナルのミュージックビデオを流しました。また、ライブイベントやYouTubeの収益なども含まれますね。

やはり、エンタメ系が多いんですね!

エンタメ系も多いですが、本を出版していることから、大学やシンポジウムなどでの講演依頼も増えており、メタバースの世界から現実世界へZoomをつないで出ています。そのあたりは私はかなり特殊でしょうね。
▲秋葉原の巨大ビジョンにねむさんのMVが流れる実際の様子(写真:ねむさん提供)
ねむさんはリアル世界で一般のお仕事をしていると聞いていましたが、メタバースの世界でもいろいろと稼ぐ方法はあるようです。また「ねむさんのように有名にならないと稼げない」というわけではなく、これからはさまざまな職業が出てくるだろう、とねむさんは言います。

今後メタバース内で職業になるものってあるのでしょうか?

アバターやワールドのクリエイティブにはすごく需要があります。やはり、自分で唯一の姿になりたい人は多いと思うから。私のアバターもワンオフ(オーダーメイド)で作っていただいたものです。
また、今いるワールドも、本当にすごい仕掛けがたくさんあるんですよね。新しいワールドが公開されるとたくさんの人が集まります。今はマネタイズの仕組みが充実してないのですが、今後、高いクオリティのワールドを作れる人はいろいろな企業から引っ張りだこになると思いますよ。

こんなすごいワールドを作っていても、それをお金にする方法がないんですね……。

そうなんです。私自身も、バーチャル美少女ねむとしての収益で生活できるわけではない。でも、最近は本業としてやっている人も徐々に出てきています。
今回お呼びしたうさぎちゃん2人は、メタバース世界のお仕事で稼いで生きている人たちです。
▲左から、ドコカのうさぎさん、Nagatoro Koyoriさん、ライター・エミット。ゲストはお二人ともうさぎのアバター。
有名VTuberのらきゃっとさんなどのキャラクターモデラーとして活躍
ひとり目のゲストは、メタバースの世界で動かすアバターを制作しているNagatoro Koyoriさん(以下、Koyoriさん)です。のらきゃっとさんなど、有名VTuberのキャラクターモデリングを担当しているのだとか。
▲モデラーのKoyoriさん。大きな耳がふわふわと動く。
まずは、どんなきっかけでキャラクターモデラーのお仕事をスタートしたのか伺いました。

VRの世界でよく遊んでいたので、最初は趣味で作っていました。そのうちVTuberさんの依頼で作るようになり、個人依頼やアバター販売によって仕事になっていきました。僕の始めた2018年の2月ごろは、まだ自分で作っている人が少ないときだったので、タイミングがよかったんです。
もともと、メインのお仕事はイラスト制作だったそうですが、趣味でモデリングをスタートしてお仕事が増えてからは、キャラクターモデラーがメインになっていきました。個人依頼以外は、プラットフォームを通してアバターを販売しています。

以前の取材で、ねむさんに「デザインをする人」と「モデリングする人」は別だと聞いたことがありますが、Koyoriさんは両方できるということなんですね!

はい。僕は全部トータルでやっています。まだモデラーの数が少なかったころは、けっこう珍しかったと思います。

今のお仕事で、難しいことや大変な部分はありますか?

依頼されたモデルを作る時には、ヒアリングが結構大変です。相手の方のイメージをくみ取って、それを表現する過程が難しいですね。

楽しいのはどんなときですか?

モデリング自体が好きで、そもそも楽しいからやっているので、苦しいことがあっても全体的に楽しいです。一番嬉しいのは、自分の作ったアバターを使ってもらっているのを見たときですね。

Koyoriちゃんは、住人の気持ちがわかるというのがいいですよね。技術だけがある人だと、使った時の感覚などはなかなかわからない。Koyoriちゃんは、自分のアバターも自分でいちから作ったものですから。

そうなんですね! 今のアバターのポイントは?

やっぱり大きい耳。帽子についているんじゃなくて、本当の耳という設定です。

あの、ずっと疑問だったこと聞いていいですか。動物の耳があるアバターは、顔の横の耳はないんでしょうか?

僕の場合は、あります。でも、モデラーさんによっては付けない人もいます。
相手のイメージを聞きながら、それをイラストや3Dモデルにしていくのは、本当に難しいのだそうです。相手にとっては、自分の体になるものですから、譲れない部分が多いのではないでしょうか。イラストもモデリングもできるNagatoro Koyoriさんなら、一度に伝えれば済むので引っ張りだこなのも納得です!
メタバースの世界やギミックを作るエンジニアとして企業で働く
もうひとりのゲストは、メタバース関連のエンジニアとして活動するドコカノうさぎさん(以下、うさぎさん)。ねむさんと声が似ているのは、同じボイスチェンジャーを使っているからだそう。
また、右手に持っているのは「美少女棒」といって、アバターを紙に印刷し、割りばしに張り付けたもの。VTuberとしても活動しているうさぎさんが、リアルの世界で撮る写真や動画などにアバターを入れ込むためのものですが、それをVRの世界にも取り入れています。
Koyoriさん同様、今のお仕事に就いたきっかけから伺いました。

もともと、エンジニアとしてプログラマーやSEを長年やっていました。VRに触れたのは、Oculus DK1という初期のVRゴーグルのプロトタイプ機をクラウドファンディングで手に入れたのが最初です。それが9年前のことで、自宅でVRが体験できることに開発者としてもとてもわくわくしたのを覚えています。
その後、2016年に一般の人が買えるVRゴーグルとして初めてとなるOculus Riftが登場してから、興味を持って触れていました。そこからVTuberとしての活動をスタートしたんです。

先にVTuberの活動だったんですね。

ちょうど同じころにVRChatも始めました。その中で、音楽イベント「アルテマ音楽祭」にファンとして通っていたんです。その後、VRChatでイベントスタッフの方と知り合い、技術者としてその会社に転職することになりました。
それまではシステムを開発する会社だったので、VRやメタバースとは縁もゆかりもありませんでした。メタバースでよく使われるUnityというツールも仕事では使っていませんでしたが、趣味で使ってVRChatでいろいろ作っていたので、そのスキルも生かせることになったんです。
▲うさぎさん。髪がきらきらと揺れる。
趣味として楽しんでいたことが仕事になる――とても理想的な転職ですね。転職後は、3Dモデリングをしていた時期もありましたが、現在はほぼUnityでの開発。開発内容はさまざまですが、例えば音楽イベントなら、ライブステージでのライティングや動きの組み合わせなど、演出を制御する仕組みを作ることもあります。ライブイベント以外にも、VR内のアプリケーションやワールドなども作っているそうです。ちなみに、うさぎさんが所属する会社は、音楽チケットの売り上げなどで収益を上げています。

これまでの仕事と違うところ、楽しいところはどんなところですか?

音楽イベントという興行的なものは仕事として体験したことがなかったので、お客さんに見ていただいて、反応をリアルに感じられるのはとても嬉しくて楽しいことだと思っています。
ライブ配信はリアルタイムでお客さまのコメントが見えており、スタッフの操作にも反応があるので、「見ていただけているんだ」と嬉しく感じます。

これから、メタバースの世界でエンジニアとして活躍したい人がいたら、どんなふうにスキルアップしていくのがいいでしょうか?

遊んでいる部分が大事だと思っています。VRも新しい技術がどんどん生まれていますが、個人レベルでも新たな技術を使ってモノを作ったりシステムを組み上げたりするのはかなり手軽にできます。
VRでモノを作る一番のモチベーションは、作ったものをVRChatやClusterに持ち込むと、友だちがそれを見に来てくれることです。さらに、新しい情報や感想が集まってきて、さらにいいものができるという好循環があるんです。作品をどんどん作って公開していくことが、さまざまなチャンスにつながると思います。
最後に、うさぎさんの作った「ギミック」を見せていただきました。鏡に自分の姿と残像が現れるもので、確かにライブなどで盛り上がりそう! こういった演出は、VRの世界ならではですね!
体験するからわかること:メタバースでの冒険を振り返って
今回の連載のために初めてメタバースの世界を体験しましたが、360度の景色が見えることに加えて、相手との距離感を感じられるのがリアリティをもたらすと思いました。ゲストの方に「私(のアバター)より背が大きい!」と感じたり、「初対面なのに顔が近い!」とドキドキするのは、VRだからこそ。それは、はたから想像するだけではわからないことでした。
ねむさんが言うように、自らVRを体験し、技術だけでなく「住人目線がある」というのが今回のお2人の強み。VRの世界で楽しく遊ぶから、創作のアイデアがわき、趣味としてモノを作れるのかもしれません。その作品を通じて、チャンスがつかめたら最高ですね。
・・・
全4回に渡ってねむさんと冒険したメタバースの世界は、いかがでしたか? バーチャル世界の「リアル」について、メタバースで暮らす方々に取材してきました。トレンドワードとしての「メタバース」だけでは、見えてこないものばかり。最後に、ねむさんから読者の方へ一言!

メタバースの世界は、現実の生活とは全然違うことが体験できる空間です。今いる住民は新しいもの好きの技術者やクリエイティブで変わった人ばかり。そんな人達がきっとフレンドリーに迎えてくれます。いきなりお仕事ではなくても、ぜひ気軽に体験してみてほしいと思います。初めの一歩は大変かもしれませんが、今はスマホでも参加できるので。メタバースの世界へウェルカムです!
▼これまでのバーチャル美少女ねむさんと行くメタバース
【第1回】VRの世界に潜入してみた
【第2回】メタバースを大調査!「VR国勢調査2021」からわかるVRの意外な事実とは!?
【第3回】VR内では別人になれる?自分の中に眠るアイデンティティの謎に迫る!
【第4回】メタバースでどうやって稼ぐ? クリエイティブやエンタメに可能性大!
聞き手・ライター:栃尾 江美(とちお えみ)
(VRChatディスプレイネーム:エミット)