仕事前、昼食後、ブレイクタイム、会議…さまざまなシーンでコーヒーを飲む機会は多い。コーヒーの香りと深い色は、朝にはさわやかな目覚めを、疲れた午後には癒しをくれる。これまで取材してきた方のなかにも、愛用品としてコーヒーやマグカップを挙げた人が多かった。いつも飲むものだからこそ、もっとコーヒーのことを知りたい——そんな人もいるのではないだろうか。大正時代から続く松屋珈琲店は、コーヒーを愛する人たちを長年にわたって支えてきたコーヒー焙煎の老舗。三代目の畔柳(くろやなぎ)一夫さんにコーヒーへのこだわりと楽しみ方をうかがった。

老舗のコーヒー店としてのこだわり

港区・虎ノ門。オフィスビルの立ち並ぶ神谷町の駅の近く、表通りから1本入った路地にたたずむ松屋珈琲店。昼時にもなれば、日替わりのおすすめコーヒーをテイクアウトしようとやってくる人の列が、店の外にあふれることもある。

豆の小売もやっているが、メインの業務は卸。喫茶店やレストラン向けに豆を焙煎して配達するロースター(焙煎業者)だ。創業は大正7年。創業者の畔柳松太郎は、日本からの大量の移民を受け入れていたブラジル・サンパウロ政府から送られた大量のコーヒーを一般大衆に広めるため設立された「カフェ・パウリスタ」の神戸店支配人を務めた。その後、その経験を活かして独立し、港区虎ノ門にある現在の松屋珈琲店を立ち上げた。

そんな日本でも最も歴史のあるコーヒー店の三代目、畔柳一夫さん。快活な雰囲気でシャツ姿も若々しい。「20歳すぎから働きはじめて、25年この仕事をしています」。時代とともに移り変わるコーヒー店の歴史を、肌で感じてきた。

仕事を始めた頃は景気が良かった個人経営の喫茶店も、チェーン店などに押されていく。90年代、不動産の上昇によって都内にあった個人経営の喫茶店は成り立たなくなりはじめた。「『次はもう来なくていいから』と突然得意先に言われ、契約を打ち切られたことも。理由も聞き返せず帰ってきた自分を悔しく思った日もありました」

そうした時代の波にさらわれることなく、今まで続いている理由は?と聞いてみる。

「うちは、店を広げすぎず、品質管理をしっかりやってきました。特に鮮度管理ですね。コーヒーは焙煎してしまうと、刻一刻味が変わっていきます。大量に焙煎すると、どうしても届けるまでに時間がかかる。全盛期で注文が重ねて入ったときも、売上より、品質を落とさないことを優先してきました」。

少量ずつ使いきれる量を焙煎してこまめに配達するから、松屋珈琲店の豆を使う店では、いつでもおいしいコーヒーが飲めるという信頼が生まれる。こうして、盛衰の激しいコーヒー店で、生き残ってきた。

活性化とリラックス。コーヒーの魅力と効用

松屋珈琲店には近所のオフィスに勤める人々がコーヒーを買いにくる。「コーヒーって不思議な飲み物で、活性とリラックス、両面を持ち合わせているんですよ」という畔柳さん。確かに、会議で眠いとき、仕事でだれてきたときに飲むコーヒーは、頭をシャキッとリフレッシュさせる。その一方、淹れたてのコーヒーの香りにほっとして肩の力が抜け、心が癒されるという人も多いはず。

「香りや色、味。自分で淹れるとしたら音や手触りも。人の持っている五感を知らず知らずのうちに使うのがコーヒーの魅力です。ストレスの多い生活をうまく切り替えられるんでしょうね」。

簡単なようで案外むずかしいのは、自分好みの味をみつけること。ラテ系のコーヒー、おしゃれなカフェで飲むちょっと酸味のあるコーヒー。食後に出されるエスプレッソ。コンビニやファーストフードのコーヒーもあなどれない。コーヒーに対する興味が上がるにつれ、マニアックな情報を目にする機会も多い。豆の種類は?煎り方は?淹れ方は?コーヒーに詳しくないと、迷ってしまう。

畔柳さんが教えてくれたコーヒー選びのコツは、とてもシンプル。「まずは、深煎りと浅煎り、どちらが好みか。豆の違いはもちろんありますが、どんなコーヒーでも焙煎が浅いと酸味が強く、逆に焙煎が深いと苦味とコクが増す、という傾向があるんですね。そこがわかると、お店の人ともコミュニケーションがとりやすくなります」。

最近ではどちらのタイプも用意されている店が多い。コーヒー専門店であれば、頼むときに浅煎りか深煎りか、ひとこと尋ねてみれば、きっと教えてくれるはず。豆の種類や淹れかたは、その次の段階だ。

自分で淹れてみたいなら、ドリップパックから

「日本のコーヒー店の歴史は3段階です。まず店主がネルドリップやサイフォンで淹れていた喫茶店やコーヒー専門店時代。その次に、手軽に美味しいコーヒーが飲めるようになったチェーン店時代。そして今、豆から厳選して淹れ方にもこだわった、サードウェーブと呼ばれる時代にきています」。人々のコーヒーに対する興味もまたこの数十年で大きく変わった。

松屋珈琲店でも客の好みをつかむために、細やかな試行錯誤を重ねている。「うちのオリジナルブレンドは、すっきり系の味。それに対して、少し濃いめで味わい深いブレンドを作って、今日はどんなコーヒーがあるの?というお客さまに出しています」

もしコーヒーに興味を持ったら、自分で淹れてみるのもいいもの。最初はドリップバッグで好みの味がみつかるまで試すのがおすすめだそう。「ドリップバックは個包装なので、鮮度が割と保ちやすい。一袋豆を買って、長く保管するよりおいしく飲めますし、少しずつ試せるから自分好みの味をみつけやすい」これならオフィスにも持っていきやすいのもうれしい。

コーヒーの楽しみ方は人の数だけある。「コンビニなら1杯100円で買えるコーヒーを、その何倍もの値段で売る。そこにはやはり、味や店でのコミュニケーションなど、付加価値をきちんとつけたいですね。コーヒーが生活の中にある心地よさを、感じてほしいと思っています」店の裏にある小さな焙煎所には、焙煎を待つコーヒーの生豆の袋が、今日もにぎやかに並んでいる。

株式会社松屋珈琲店
代表取締役 畔柳一夫さん
港区・虎ノ門で大正7年から続く、老舗のコーヒー焙煎卸専門店。店頭は小売りとテイクアウトのコーヒーショップで、一般の客もコーヒーが楽しめる。畔柳一夫さんは三代目として20歳から就業。高い焙煎の技術と鮮度へのこだわりを持って、時代に合ったコーヒーの提供に務める。全日本コーヒー商工組合の常務理事でもある。

ライター:有賀 薫(ありが かおる)
カメラマン:福永 仲秋(ふくなが なかあき)
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