「書かない窓口」から始まった玉城町の業務改革(DX)。職員と住民に寄り添う仕組みづくりとは?|玉城町

三重県度会郡玉城町は、伊勢平野の南部に位置する人口約1万5千人の町です。古くは伊勢参宮の宿場町として栄え、歴史ある城跡や田園風景が今も残っています。 歴史ある小さな町の役場の窓口で、住民が簡単な確認だけで手続きを終える−。 そんな風景が少しずつ当たり前になりつつあります。 きっかけは、職員の負担を減らし、町全体をもっと働きやすくしたいという思いでした。電話対応の見直しや健康診断業務の分担といった小さな改革から始まり、やがて「書かない窓口」「行かない窓口」など、住民にも職員にもやさしい仕組みづくりへと広がっていきます。 システムの導入ではなく、業務の在り方そのものを変えることを目的に、リクルートスタッフィングの伴走支援を受けながら、職員自らが考え、決めて進めてきた玉城町。 今回は、その取り組みの背景と手応えについて、企画担当の中川様、村井様、永井様に伺いました。
目次
第1章 小さな町が抱えていた課題と最初の一歩
――まず、玉城町が業務改革(DX)に取り組むことになった背景を教えてください。
中川様:
玉城町は平成の大合併の際、近隣の5町村と協議をしましたが、結果として単独で町政を進めることになりました。それから約20年。自治体の業務が多様化するなか、限られた人員で多くの業務をこなす必要に迫られています。専門的な知識を持つ職員も少なく、さまざまな課題に迅速かつ的確に対応していくのが難しい状況でした。
それでも、職員が働きやすい環境を整え、効率的に動けるようにできれば、結果的に町の力も高まるのではないかと考えていました。そうした思いが、業務改革(DX)に取り組むきっかけになりました。
――具体的に動き始めたきっかけはありましたか?
村井様:
令和3年に「たまきデジタル戦略推進計画」を策定していましたが、コロナ禍の影響もあり、なかなか前に進められませんでした。その間、近隣の自治体は次々にデジタル化を進めており、「玉城町は取り残されているのではないか」という危機感がありました。
ちょうどそのころ、国の「デジタル田園都市国家構想交付金(デジ田交付金)」が始まりました。町の単独財源では難しい取り組みに交付金を使って進めようと考え、リクルートスタッフィング(以下RS)さんに相談しました。 交付金やベンダーに関する膨大で複雑な情報をRSさんが整理してくれたんです。
――最初から大きな改革を構想していたのでしょうか。
中川様:
いいえ。まずは小さく始めて成果を出すことを意識していました。「これを取り入れたら、こんなに楽になる」という成功体験を職員や住民が得られれば、変化に前向きになれると考えたんです。
最初に取り組んだのは、電話の一次受付業務です。職員アンケートを行ったところ、この業務が非常に負担になっていることが分かりました。業務を整理してマニュアル化し、一部を外部に委託したところ、職員の負担が軽くなり良い評判を得られました。
もうひとつは町民向けの健康診断業務。保健師が受付から面談まですべて担当しており、重要な面談に十分な時間が取れないという課題がありました。そこで業務を整理し、一部を分担して運用した結果、こちらも効率化と満足度向上の両方につながりました。
こうした小さな成功の積み重ねが、「次は窓口業務を見直してみよう」という新たな動きにつながっていきました。

中川様/まちづくり推進課 課長
第2章 「書かない窓口」への挑戦と導入初期の壁
――「書かない窓口」とは、どのような取り組みだったのでしょうか。
村井様:
住民の方が来庁された際に、「必要書類は何か」「印鑑がいるのか」「身分証明書が必要か」など、現場で分からないことが多く、窓口での問い合わせが頻繁に発生していました。
そこで、この窓口対応の業務もスマート化できるのではないかと考え、業務を整理し、外部に委託できる部分やシステムで対応できる部分を切り分けることにしました。それが「書かない窓口」の始まりで、大きくふたつの仕組みで構成されています。
ひとつは、マイナンバーカードに記載された氏名や住所、生年月日などの情報を申請書に自動転記できる「申請書記入サポートシステム」。もうひとつは、スマートフォンなどを使って事前に必要書類を確認できる「手続きガイド」の導入です。
「書かない窓口」の導入により、住民の方は「役場に何を持って行けばいいか」が事前に分かり、窓口でのやり取りがスムーズになりました。職員にとっても説明や確認にかかる時間が減り、業務の効率化につながりました。最初は企画部門だけで動いていましたが、RSさんの伴走支援を受けて、庁内の横の連携を強化しながら進められるようになりました。
――具体的には、どのように検討を進めていったのでしょうか。
村井様:
RSさんがまとめてくれた情報をもとに、「これはありだよね」「これは違うよね」と意見を出し合いながらベンダー候補を絞り込みましたが、最終的には自分たちで決めるということを大事にしました。窓口の担当者が納得していなければ、せっかくのアイデアも活かされません。職員の意見を踏まえて「これでいこう」と決めたことが、後の定着にもつながったと思います。
最終的に残った複数の会社には説明会やデモをしてもらい、実際に操作感を確認しました。その過程で、職員も「これなら使えるかも」と具体的なイメージを持てるようになったと思います。
――導入後の反応はいかがでしたか。
村井様:
導入後は住民の方から「分かりやすくなった」という声が多く、職員からも「ほかの業務にも応用できそうだ」という前向きな意見が出てきました。「書かない窓口」は、単なるシステム導入ではなく、職員が自分たちで考えて動いた改革になったと思います。
村井様/まちづくり推進課 係長
第3章 「行かない窓口」と職員の意識変化
――続いて進められた「行かない窓口」について教えてください。
永井様:
実際に窓口対応をしている職員に状況をヒアリングしていたら、「申請がオンラインでできるといいけれど、結局、受け取りに役所に来なければならないのが面倒」という住民の声があることがわかりました。
そこで、「書かない窓口」を実装してから1年後の2025年度4月から「行かない窓口」の取り組みを進めました。
――「行かない窓口」の実装に向け、職員の方の反応はいかがでしたか?
私が予想していた以上に皆さんが協力的で驚いています。正直、「忙しいのに…」という声が出るのではと思っていましたが、そうした反応はほとんどなく、本当に助かっています。「行かない窓口」の実装にあたっては、職員の皆さんの協力的な姿勢を強く感じています。
――それは、「書かない窓口」での経験があったからでしょうか。
永井様:
そうだと思います。「書かない窓口」の実現から、町全体としてもDXに向けて少しずつ動き出したという実感があります。
積み上げてきた成果というか、うまく言葉にするのは難しいのですが、職員の皆さんの中で「これを導入すると自分たちの業務が楽になるかもしれない」と気づき始めたのだと思います。ある意味、「少し試してみようか」「賭けてみようか」という気持ちになってくれているのかもしれません。

永井様/まちづくり推進課 係長
――ヒアリングの重要性を実感されたそうですね。
中川様:
メールだけで済ませようとすると、どうしても中身が薄くなってしまうので、直接話を聞くことが大事です。実際のヒアリングでは、余談も交えながら、日常の延長のような形で「ちょっと寄ってみようか」といった感じで進めています。そうしたやりとりの中で、細かなことも教えてもらえますし、鮮度の高い情報を得ることができます。
その繰り返しが、職員との関係性を深め、やりとりの充実につながっていると感じています。
第4章 外部支援の存在
――外部支援(リクルートスタッフィング)の存在はどのような影響がありましたか。
中川様:
既存の業務もあるなかで、新たな改革を進めるというのは、なかなかハードなことで、どうしても優先順位が落ちてしまいます。それが、計画は立てたものの実行に移せていない状況になっていました。
RSさんに依頼したときも何をどうしていいか分からなかったので、具体的に何かをお願いしたというより、「全部お願いします」「どうすればいいかわからないけど、業務改革・デジタル化をまるっとやりたいです」という感じで相談しました。
そんな漠然とした相談を受けてまずRSさんがやってくれたことは、情報収集。それを元に我々と一緒にどの順番に何をするか決めたら、タスク・スケジュール管理、会議の進行。「〇日までに〇〇をやらなければならない」と、締切とやることが定まっているので、動かざるを得ません。
――尻叩き役のような感じですね。
中川様:
まさにそうですね。自分たちだけだったら絶対にやらない(笑)。やってもやらなくてもいいんですから。今日やらなくても、今年やらなくても、誰も困らない。
RSさんは業務管理に非常に長けていて、スケジュールもきっちり組んでくださるので、私たちも「やらなきゃ」と背中を押されるような形になります。それが良い意味でのプレッシャーになって、「この日までにやろう」「こうやって進めよう」と会議で決めたうえで、現場に話を聞きに行く。
また、定例会ではRSさんが議事録をまとめてくれていて、私たちはそれを “セーブ地点” のように使っています。これがあるので、頭を切り替えられるんです。DX推進会議が終わって、一度頭を真っ白にして通常業務に戻る。次に再開するときに議事録を読み返せばすぐに続きから動ける。この仕組みがあるおかげで、改革の流れを止めずに進めることができています。
――現場へのヒアリングにも外部が入る効果はありましたか?
永井様:
はい、あったと思います。内部の人間だけのヒアリングですと、「こんなことやりたい」と口にすると、「じゃああなたがやって」と言われて自分の仕事が増えてしまうのを恐れて、なかなか本音を言い出せない部分があります。
でも、「それを実現するまではこちらでやるから」と外部の人に言われると、「じゃあお願いしたいです」「こんなこともできますか」と話してくれることが多いのです。 RSさんが間に入って整理してくれたことで、現場から「実はこういうこともやりたい」「こういう形ならできそう」といった意見が自然に出てくるようになりました。これは大きな変化です。 職員が安心して本音を話せる環境ができたのだと思います。
ヒアリングを始める前は「現場はあまり乗り気じゃないかもしれない」と思っていましたが、実際は、「私たちもこういうことを考えているんです」といった前向きな意見が多かったのです。ただ、同時に「どう進めていいか分からない」という声も多く、そうした思いをしっかり拾って、実現につなげていくことが大切だと感じています。
――なるほど。現場から「もっとこうしたら良くなる」というアイデアを引き出すことができて、それを形にして推進していく。DXの取り組みが動き出すサイクルができつつあるということですね。
永井様:
はい、まさにその通りです。
意識が変わったと感じる印象深い出来事として、住民課へのヒアリングでは、最初は担当者の方だけだったのですが、そのうち、課長も来てくれるようになったことがあります。おそらく課長も「これは本当にやっていかなきゃいけないことだ」と思って、心配になって来てくださったのだと思います。特に何か意見を言うわけではないのですが、来てくれることで「課全体のこととして捉えてもらえているんだな」と感じられて、すごく嬉しかったです。
企画部門だけが必死に推進しようとしているのではなく、現場の担当も責任者も「自分ごと」として一緒に取り組もうとしてくれている。それは本当に助かりました。
第5章 玉城町が本当にやりたかったこと──業務改革(BPR)とこれから
――これまでの取り組みを通して、玉城町が本当に目指していたことは何でしょうか。
中川様:
私たちが本当にやりたいのは、BPR(業務改革)なんです。この業務改革がしっかりできれば、システムの導入なんて極端に言えば「いつでもできる」と思っています。だから今は、業務の棚卸しをしながら、職員が働きやすくなるための仕組みを考えています。
――そのうえでリクルートスタッフィングをパートナーに選んだ理由を改めて教えてください。
中川様:
これまでのお付き合いでRSさんは、デジタルに強いだけでなく、人や組織の変化に寄り添ってくれる会社だと感じたからです。単なるシステム導入支援ではなく、「どうすれば人が動くか」「どうすれば組織が続けられるか」を一緒に考えてくれました。いわゆるシステム会社やデジタル屋さんにお願いすると、どうしても技術の話に引っ張られてしまい、「ちょっと違うな」と感じることが多かったんです。
私たちがやりたいのは、単なるデジタル化ではなく、人材育成なども含めた、もっと広い意味での組織づくりなんです。その点で、RSさんは、技術だけでなく人材育成や業務設計の面まで含めて支援してくれた。DX推進室のような専属部署があるわけではないので、「人材育成」が根本にあるという共通の理解を持ってくれました。技術の “導入” ではなく、町の “変化” を一緒に作ってくれているという感覚です。
デジタルにも、人にも強い。だからお願いしたんです。RSさんがいてくれたからこそ、玉城町の改革は “仕組みとして続く” 形にできたと思います。
――今後の展望を教えてください。
中川様:
次のステップは、「書かない」「行かない」の先にある “総合窓口” の実現です。複数の課の手続きを1か所ででき、住民の方が迷わず動けるようにしたい。そのためには、町全体の情報をつなぐ必要があります。
私たちのDXは、「人にやさしいDX」でありたいと思っています。住民にとって分かりやすく、職員にとっても働きやすい行政を実現すること。それが私たちのゴールです。
今年で玉城町は町制施行70周年を迎えました。人にたとえるなら70歳。普通なら「そろそろ隠居かな」と言われる年齢かもしれません。ですが、町はここからが本番だと思っています。これまで70年かけて積み上げてきたものを次につなげ、100周年に向けて、時代に合った形で進化していきたいと考えています。
